urban design lab. magazine vol.218

 

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T H E F U T U R E O F W O R L D H E R I T A G E

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The Future of World Heritage ―西村先生へのインタビュー― -Interview with Prof. Nishimura-  今月、日本で 18 件目となる世界遺産登 録がユネスコ世界遺産委員会で決議され ました。国際記念物遺跡会議(ICOMOS) 副会長を務められたこともある西村先生に これからの世界遺産について伺います。 * 高梨 お時間をとっていただいてありがと うございます。今回は世界遺産委員会が 開催されるということで、世界遺産の保 全と周辺都市との関係などについてお尋 ねしたいと思っております。どうぞよろ しくお願いします。 西村先生(以下敬称略)  はい、よろしく お願いします。 サイトが発信していることのギャップで した。登録基準としては、フランスから 入ってきた技術が革新し世界に広がって いったことや、遺産群が大量生産に特化 した建築物群であることなどであったと 思いますが、目に付くのは女工のキャラ が多かった気がします。こういうギャッ プについて先生はどうお考えですか。 西村 登録基準っていうのは少し特別で、 世界に通用するストーリーを作る必要が あるんだよね。例えば、日本人であれば 生糸は日本の近代化に大きく寄与した、 外貨獲得の一番の手段であったなどとい うことが大切だと思う。でもそれだと世 界にとって大切だとは言いにくい。日本 が非西洋国で初めての近代化だから価値 があるという言い方もできるけど、各国 の近代化がそれぞれの固有性を持ってい るからなかなか認めにくい。  今回は近代化などという話を抑えて、日 本での技術進展が絹の大量生産・大衆化 に寄与し、ヨーロッパ中心に服飾文化が 花開いたという持っていき方をしたんだ よね。それまでは絹は本当に高価で一部 の貴族しか持てなかったわけだから。そ してそれに関連が深いサイトだけを選ん でシリアルノミネーションをしたんだよ ね。ここは貯蔵のあり方が変わったとか。 地域づくりの観点から考えると多い方が いいんだけど、絞って持っていったんだ よね。 高梨 シリアルノミネーションは観光客と しては回りにくいと思ったのですが、そ ういう観点だったんですね。 西村 別に世界遺産は観光のためにあるわ けではないからね(笑) 高梨 そうですよね。あとは、工場の周 辺のまちですが、道路に新しいペーブメ 富岡製糸場の世界遺産登録 高梨 早速ですが、世界遺産登録をされる 富岡製糸場のお話を聞かせて下さい。訪 れた時に感じたのが世界遺産登録基準と 2

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富岡繰糸場には昭和 62 年に操業を停止し た際の自動繰糸機が保管・展示されている。 フィリピン・コルディリェーラの棚田群。棚田の規模とし ては、 世界最大ともいわれている。1995 年文化遺産に登録。 ントであったり改装された蔵にアートが 入っていたりと必ずしも工場と関連のな い整備が多くあったと感じたのですが。 西村 そうなの?でも、あのまちは区画整 理をやっていたんだよね。途中までやっ ていて、僕、区画整理止めたんだよね。 高梨 そうなんですか!? 西村 ちょうど区画整理が始まる時に講演 に行っていて。区画整理っていうのは 10 年とか 20 年という単位で都市構造が変 わっていって、そんなことをしたらせっ かく世界遺産に登録しようとしているの に、工場は工場、まちはまちになってし まうから良くないのではないかと言って きたんだよ。そしたら本当に止まってね。 高梨 その通りに言ったんですか?都市構 造が大切だと。 西村 そう、進めていた人からは抗議の手 紙とか来たけどね。本当に世界遺産のこ とを考えるならやめるべきだと言ったね。 だから本当はもう少しまちとのつながり があると理想なんだけどね。産業遺産は 労働者の人たちの生活にもフォーカスす るところが多いんだけど、今回の世界遺 産としてのストーリーは技術に注目して いたんだよね。  あと僕が富岡に関してよくしている話が あってね。それが片倉製糸っていうオー ナーの話なんだよね。優良企業で無借金 でずっとやってきたんだけど、 そこがずっ とあの工場を持ち続けて。昭和 30 年代 くらいの機械もあったと思うんだけどそ れも保存して、自分たちの社員教育の場 にしてたんだよね。 確かに片倉製糸のルー ツにあるんだけど。文化財の指定の話と かもあったんだけど、全部断ってきて、 自分たちで守るんだとやってきたんだよ ね。で、世界遺産の話が出てきたらあの 敷地を全部市に寄付した。世界に貢献す るのであれば喜んで、ということだよね。 普通の企業だったら切り売りして宅地造 成をしてそれなりに企業のために利益を 出そうとするわけじゃない。でもマスコ ミがあまり言わないから、是非広めたい。 高梨 それは世界的な価値に気づいていた んですかね。 西村 いや、それは自分達の教育のため だったと思う。そもそも女工を教育する 場でもあったわけだから、もともと教育 が仕組みに組み込まれていたんだろうね。 けど、それはしょうがなくて、今は来訪 者はピークの半分以下だろうけど問題に なっていない。駐車場を遠くに作って、 そこからバスが大森まで出ているがそこ から坑口までは 30 分くらい歩かせてい るんだよね。でもトレッキングコースの ようになっていて、観光客は減っている けど滞在時間は圧倒的にのびて、なおか つ満足度は高い。だから数ではないと思 うんだよね。どの世界遺産も最初ワッと 人が来るけど、 そこでチープなものを作っ てしまうともう買わないので、単なる観 光地としてではなくリッチな生活空間を 作っていくことが大切なんだよね。  あとは、高野山も良い事例。和風二階 建てだけという厳しい景観条例があって (ほとんどの土地が金剛峯寺からの借地だ が) 、日本の宗教都市 / 門前町の中では飛 び抜けた景観意識を持っていて、宗教的 な感覚を感じる。だって未だに宿坊に泊 まるわけだからね。12 畳くらいの和室 が並んでいて廊下の向こうには見事な日 本庭園がドーンとあって、朝には任意で お勤めに行く。外国人は喜んでいて、そ の後に法話を英語で聞ける寺などもある。 世界遺産になっても変にぶれなくて、む しろもっとしっかりした感じだね。 柄澤 高野山は資源を活かして観光が持 続的に出来ているのはわかったんですが、 富岡製糸場が必ずしもまちと強い関係を 持っていないとすると持続的な観光はど う可能だと思いますか。 世界遺産の抱える課題 高梨 ユネスコユースフォーラムに参加 してきまして、各国の世界遺産に関する 問題を聞いてきたんですが、何カ国かが 言っていたのが世界遺産間の観光客のア ンバランスでした。充分に人が来ないた めに資金的に保全活動がしづらくなるな どと聞いたのですが、日本に観光客が足 りないなどの問題があるところはありま すか?例えば少しアクセスしにくいとこ ろにある石見銀山など。 西村 石見銀山はむしろよくやっている。 観光客は選定直後にすごく来て混乱した 3

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西村 いろいろとできるのではないかと思 う。あれだけ敷地が大きいんだから、例 えば教育に使うとか。周辺の小学生は何 年生になったら行くなどなると思うんだ よね。そこで小学生も小学生なりに、中 学生も中学生なりに学ぶ事はあると思う。 大人ももちろん。いろんな使い道がある と思うんだよね、ただ観光客のためって いうのはそれでもいいけど、それだけで はないと思うんだけどね。 高梨 フィリピンの友達が紹介してくれ たコルディリェーラという棚田では世界 遺産に登録されてから道路が整備されて、 若者が出稼ぎするために都市に移動して しまったり、お土産屋を営むようになっ たりした結果、灌漑の仕方が分かる人が いなくなってしまったらしいです。 西村 あぁ、そういう伝統的な集落が世 界遺産になっている場合が一番難しいよ ね、きっと。登録前はマニラから 14,5 時 間かかっていたと思うけど、今では道路 が整備されて出稼ぎもできるようになっ て、若者が流出している。どこでもあり 得る問題だよね。白川郷でも田んぼをつ ぶして観光客の駐車場を作ってしまった ようなところもあって、文化的な景観は 合掌造りと田んぼとセットであるから誰 もがやめたいと思っているけど、やめた らあのおばあちゃんが困るとか明らかに わかってしまって、なかなか言いづらい よう。コミュニティも生業がみんな民宿 とかになっていくと変わっていっている みたいだね。 高梨 コルディリェーラの場合、その後生 産している米をブランド米として経済的 な競争力がないけれども発売し、頑張っ ているようですが、世界遺産に登録され ながらも観光一色に染まってしまわない ような小さなまちはあるんですか。 西村 んー、ヨーロッパの都市は小さなと ころでも観光をあまり一生懸命やってい ないんだよね。そういうまちに行くと世 界遺産ってどこにも書いてなかったりす るから。依存していない都市もいっぱい あるよ。国によって違っていて、世界遺 産にすがってしまうのはある種アジア的 なものなのかもしれないね。みんな世界 遺産についてよく知っていて、世界遺産 を回ろうとか思うのも日本あるいはアジ ア的な発想なのかもしれない。 高梨 遺産を回るという点では、ルンビニ での複数の点的な遺跡を一体的に保全す るのはどのようにしたらいいのかという ところを困っています。 今回ユースフォー ラムでカルチュラルルートやシリアルノ ミネーションなどの話を聞いてきたんで すが、いまいち空間としてどうつながる のかわかりませんでした。点的に広がっ た遺産を上手く一体的に保全している事 例ってありますか。 西村 熊野古道が良い例かもしれないね。 点的に祠や社がたくさんあるわけだけど、 世界遺産委員会ではすごく評価が高かっ た。巡礼道が多くあって、他では道自体 が世界遺産になっているところもあるん だけど、日本の場合道が少しでもいじっ てあると史跡にならないんだよね。そう すると点的なものになる。自然に埋もれ たような道でつながっているわけだけど、 そこを歩くことで清められて、それが修 行の一部であった。 巡礼と言うとヨーロッ パでは目的地があって大聖堂でお祈りす るとかだけど、道往きで自然の中にいる こと自体によって霊力をもらったり感覚 が研ぎすまされたりすることが大事であ るということ。そのような価値観が道を 見ると分かってくれるんだよね。それが 違う文化だが尊重するべきものであると。  最終的にはそれぞれの文化を尊重すると いうこと。サイトによって遺産は違うわ けだけど、それを文化の違いとして大切 に思う。文化の多様性が相互の理解と尊 重につながるんだと、そのことが世界平 和につながる。こういうユネスコの思想 とつながっている部分を見直して、世界 遺産は観光のためにあるものではないと 再認識する必要があるよね。 若者と世界遺産 高梨 ユースフォーラムはユネスコの「若 者も世界の 25%を担うステークホルダー であり意見を聞くべきだ」と言う考えで 開催されていると聞いた時は少し驚いた のですが、日本でも若者の意見を聞こう などという論調はでてきていますか。 西村 次の世代の育成はかなり重要な課題 4

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カタールでのユネスコ世界遺産委員会の開催に先駆けてユネスコユースフォー ラムが開催された。今年は 23 カ国から 44 人参加した。詳しくは次ページ。 として認識されているものの、経験や蓄 積が大きな世界であって、なかなか難し くなっているね。数学みたいに若い人が パッとひらめいてとはいかない。 高梨 ユースフォーラムで議論してきた こ と の 一 つ で、Outstanding Universal Value が少し専門家の押しつけになって い て、 む し ろ そ こ で 生 活 し て い る 人 た ち の 様 子 な ど Outstanding で Local な Value をもっと発信していくことをしや すくすることが若者の参加につながるの ではないかと考えたのですが、日本での ローカルな価値というのはどう考えられ ていると思いますか。 西村  集落で世界遺産に登録されている ところは生活しているから、それなりに そのような考えはちゃんとしているよね。 白川郷は問題をよく指摘されるけど、白 川の人は常にいろんな議論をしながら未 来をどうするか考えている。石見銀山の 大森集落だってそう。もともと伝建地区 であったところが世界遺産のコアになっ ているところが多いんだけど、伝建地区 になるときに一軒一軒まわって話をして ハンコをもらってとしているから、他の アジアの国とは違うよね。他のアジアの 国であったら、大切だとなったらバッと 指定するから、住民がおとなしい間は良 いけど権利意識が高まってくると大変。 日本の場合は指定をするまでは合意形成 がすごく時間がかかるけど、あとは早い んだよね。 これからの世界遺産 高梨 今年ドイツがまた世界遺産を登録し ていますが、ヨーロッパに対する制限と いうのはどれほど効果があるものなので しょうか。 西村 文化遺産は一つという点で制限はか かっているし、なおかつ同じようなもの は出さないようにとなっている。だから 今度は新しいものとして産業遺産とかが 多く出てきているんだよね。20 世紀建築 であるとか。それ自体はいいことなんだ けど、相対的には他国が少なくなるよね。  それで日本でも 20 世紀建築を入れてい こうとなっていて、そうであるなら丹下 健三先生の代々木体育館ではないかって 話が出ているんだよね。今年がちょうど 50 周年で登録文化財、指定文化財になれ る。アリーナ建築で最高傑作ではないか と槙文彦先生は仰るんだよね。シドニー のオペラハウスとは違って内部空間が外 部構造と呼応していると。 高梨 丹下先生すごいですね!ルンビニも あって、広島もあって(笑)そういう中 で日本の世界遺産の問題はどういうとこ ろにあると思いますか。例えば、インフ ラの維持のために予算が足りないなどと 言われている中で、保全のコストも難し いところがあると思いますか。 西村 僕が思うに、そういう意味では世界 遺産に選ばれたものは守られると思うん だよね。でも少しバランスがよくないと 思う。例えば富士山とかは日本人みんな がすごいと思っていながらも、当たり前 すぎて埋没していたのを、もう一回光を 当てたという意味ではすごくよかったと 思うんだよね。そしてそのような世界遺 産を日本としてはよく守っている。ただ 世界遺産になるためにすごくエネルギー とお金を使っているんだよね。バランス 的にはもう少し裾野の文化財などにエネ ルギーやお金を使わないといけないと思 う。確かに世界遺産やることで裾野は広 がるけど、両方やることが大切。 柴田 地域としてはどうしても観光などの 観点から世界遺産に登録されたいとなっ てしまいますが、選定する側としてはど のように選んでいるのですか。 西村 世界に対して説明できるかと固有 性で決めている。例えば沖ノ島という宗 像大社の沖津宮のある島があって、今で も祭りの時に素っ裸でみそぎをした男性 のみが上陸を許されているんだよね。し かも何百年間もの祭器がそのまま置いて あって、その島で見たものは話してはい けないとされている。やっぱりこのよう な日本の古代からある信仰の形の存在は 世界に伝えたいし、応援したくなる。だ からあんまり戦略であったり観光であっ たりという側面はないんだよね。 高梨 なるほど、よくわかりました。今日 はお忙しい中、どうもありがとうござい ました。 (編集:M2 高梨遼太朗) 5

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Speech at the Opening Ceremony of the World Heritage Committee  6 月 3 日から 16 日まで、M2 高梨は カタールでのユネスコユースフォーラム に参加して参りました。ユネスコユース フォーラムとはユネスコの若手の教育と 発言の場を設けるために行われているプ ログラムであり、世界遺産委員会の委員 国から一人または二人ずつ世界遺産に携 わっている若手を募って行われます。今 年は 23 カ国から 44 人参加し、前半は カタールの世界遺産見学やレクチャーの 受講などのインプットをし、後半には世 界遺産委員会と同じ方式での議論を行 い、その結論として実際の委員会の開会 式で発表される声明文の作成を行いまし た。議論の末に発表者についての投票が 行われ、選出してもらった結果、ホスト 国カタールの王家の女性と二人で実際に 開会式にてスピーチまでさせていただい てきました。  前半のメインイベントはカタール初の 世界遺産であるアルズバラの見学でし た。アルズバラは都市遺跡であり、18 世紀から 20 世紀まで真珠採り及び貿易 によって栄えた都市ですが、その富を狙 われ破壊されました。住戸や防衛施設の 基礎が広範囲に残っています。しかし、 環境はとても厳しく、残っているのは基 礎のみであり、目視できるのは建て直し たものを除くと砂の微妙な盛り上がりの みでした。  後半では、それぞれの若手が出身とは 異なる国の代表役で、国際会議の方式で 議論をし、声明を作成しました。内容の 中心には世界遺産やその周辺での生活の ▲丹下先生の広島計画を解説 ▲世界遺産委員会開会式でスピーチ ました。この考え方はもともとドイツの 女性の提案であったものの、都市デザイ ン研ウェブマガジンや佐原での記憶アー カイブという研究室での活動での経験と 通ずることが多く、普段の研究室の議論 の内容を用いて議論に貢献することがで きました。会議の休み時間には実際に写 真などを見せながら、意思統一を図りま した。  このフォーラムでは普段できない経験 を多く積ませてもらい、23 カ国の 43 人の友達をつくることができました。本 当に感謝しております。 (M2 高梨遼太朗) 様子や保全活動を発信するためのユネス コによるウェブプラットフォームがあり What is the Value of Architectural Heritage?  6 月 21 日にユネスコ世界遺産委員会 で「富岡製糸場と絹産業遺産群」が日本 で 18 番目の世界遺産になりました。そ れに先立ち、6 月 1 日にマガジン編集 員 5 名と D2 宋とで富岡製糸場を見学 してきました。感想を寄せていただきま した。 *  先日、富岡製糸場を一緒させていた だきました。今学期より文化庁にお世 話になっているのですが、富岡製糸場 が ICOMOS より勧告を受けたときの文 化庁内の雰囲気がとても印象的だったの で、 この機会に是非見たいと思いました。 お祝いの雰囲気が大げさでもなく、かと いって控えめでもなく、ふんわり心地よ い空気で思わず微笑みたくなるような家 族のお祝いみたいな雰囲気だったんで す。  いざ足をその敷地内に踏み入れてみる Visiting Tomioka Silk Mill と、建築遺産としての臨場感が欠けてい て、ちょっと残念に思いました。その理 由を考えてみましたが、ひとつはインタ プリテーションがよくないことではない かと思います。建築遺産の価値はその物 的なところに留まらず、歴史の時間のレ イヤーの重なりが建築遺産の価値要素を 成しています。そのレイヤーを解き見せ る工夫が必要と感じました。今の時代は ネットを通じて写真や場所の情報を得る ことができます。富岡製糸場に足を踏み 入れたからこそ発見できる歴史のレイ ヤーを持ってほしいと思いました。  そして、この理由の延長線上にもう 1 つの理由があります。安全上の理由と予 想されますが、富岡製糸場ではメインの 工場建物以外は内部に入れません。くり 返しになりますが、建築遺産は物的価値 だけで成り立っているわけではありませ ん。空間を体験するという価値、 「体験 価値」を併せもっています。これが博物 館や美術館に展示されている美術品と決 定的に違う建築遺産、固有の価値だと私 は思っています。唯一公開されている工 場と展示室は観光客に空間体験を通し て富岡のノスタルジーに浸らせるには ちょっと力不足のように感じました。東 京に戻る中、世界遺産へ正式に登録され た、その後に富岡製糸場は建築遺産とし て本当に試されることになるだろうと思 いました。 (D2 宋知苑) ▲糸を巻き取られる繭のポーズで記念撮影 6

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The Extended Diploma Planning  レモン画翠が主催する「学生設計優秀作 品展」 (通称レモン展)において、M1 柴 田の卒業設計「在郷でおりなす まち庭」 が優秀者 10 名に与えられるレモン賞を受 賞しました。他の人より少し長めになった 卒業設計を振り返っていただきました。 ―― まずは授賞の感想を。  受賞はまず何よりもお世話になった先 生方への恩返しととらえています。賞を 決めるために審査委員とのポスターセッ ションがあるのですが、坂本一成さんが 興味を持って熱心に耳を傾けてくださ り、青木淳さんが鋭い質問をしてくださ いました。受賞自体よりもそのことが嬉 しかったです。 −学生設計優秀作品展レモン賞受賞− -Winning the LEMON Prize取材:益邑 ▲審査委員長の坂本さんにご説明 ―― 福井の東郷を敷地として選んだ理由 を教えてください。  敷地決定で迷走して、福井の地形図を 広げ水路網と集落をプロットしていた時 に、 農村集落とは形態が異なり、 スプロー ル市街地とも一線を画した独立した町を 見つけました。 (在郷町という分類があ ることを当時は知りませんでした。 )今 の時代の地方都市郊外で、どこに設計で きる(すべき)なんだろうと漠然と思っ ていたことと合わせて、敷地を決定しま した。 ―― その場所を見据えているという印象 と他の場所に応用できそうな印象の両方が あります。  敷地スケールでの一般性というか、構 造を抽象化したダイアグラムは最後に出 てくるはずだと思っていたので、あえて 考えないようにしていました。これは最 後に「まち庭」のコンセプトそのものに なりました。むしろ悩んでいたのは場所 性の方です。福井平野の中での東郷(在 郷町)の特質とは何かという方向で考え 続けましたが、他地域の在郷町と東郷を 比較した分析があれば東郷の特質が浮き 彫りになったかな、と反省しています。 ―― プランとしてよいのは当然のこと、そ の上で表現にこだわっていましたね。  表現し、伝えるところまでが設計だと 思っています。都市工の演習だと、考え る深さがある一方表現に割く時間が短 い。私は話が下手なので、明快な論理構 成のパネルと、直感的に空間の良さが伝 わる模型をつくらないといけないという 思いが強かったです。 ―― 卒業設計のジュリー後、一人考えこん でいましたね。  不甲斐ない発表をしてしまったので一 人反省会をしていました。空間への質問 がなく、案がデベロップされるような質 問がこないことが悔しかった。 (発表の 仕方が悪かったという意味です。 )どう いう話し方をすれば、そういう質問をも らえたんだろう、 、と。 ―― そこからレモン展まで、3 か月ほどで す。  まず変えようと思ったのは、論理構成 です。ジュリーの反省を踏まえてとにか く簡潔にしたかった。もうひとつは、設 計の結果生まれるものの表現です。私の 設計で、どういう生活と風景が生まれる のか、その部分で良い設計かどうかを判 断してもらいたいと思いました。 ―― 今後の研究への想いや意気込みをお 願いします。  修士研究のスタートは卒業設計期間に 考えたことがベースになっています。修 士研究も、卒業設計以上に対象と向き合 う時間をとりたいです。 7

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―中島助教、松井さん、論文奨励賞受賞!― The Processes of Writing Doctoral Thesis -Winning the Encouragement Prizes on the CPIJ 5 月 23 日に日本都市計画学会の表彰式 が行われ、中島伸助教、研究室 OB で立命 館大学専門研究員の松井大輔さんがそれぞ れ 2014 年の日本都市計画学会賞論文奨 励賞を受賞しました。  中島助教の博士論文は、東京都を中心に 全国各都市の戦災復興土地区画整理事業を 例に、膨大な資料の分析と実地調査に基づ き、土地区画整理事業によって多様な空間 形成が行われていたことを実証した論文で す。戦災復興土地区画整理が各都市の画一 化を生んだという従来の評価に対し、設計 方針や設計標準から空間形成の思想を読み 解き、 発掘した一次史料を分析することで、 地区の文脈に応じた多様な空間づくりが行 われていたことを明らかにしました。中島 助教はこの論文で 2013 年度の日本不動 産学会湯浅賞も受賞されています。  松井さんの博士論文は、歴史保全型まち づくりにおいて、住民が主体となるまちづ くりの中で住民・市民の関与と行政の関与 が、いかに形成し発展するのかを豊富な資 料に基づき実証的に分析した論文です。  お2人に論文の読みどころや苦労、これ から試みたいことなどを伺います。中島助 教への編集部からのインタビューと、松井 さんへの中島助教からのインタビューの2 部構成です。 * ―受賞の感想をお願いします。 中島助教(以下敬称略)  先生方、先輩方、 同期や後輩の皆さんとプロジェクトや研 究室会議で議論したり、多くのことを教 えていただく中で、 「いつになったら書く のだ」と叱咤激励していただき、やっと 出せた論文で、このような賞が受賞でき て本当に良かったです。 ―改めて論文を読み返してみていかがで すか? 中島 練れていないところがたくさんあ り、恥ずかしい気持ちと、ひとまず終わ らせられたという安心感とが混じった複 雑な気持ちですね。 ―先行研究が多くある中で、戦災復興土 地区画整理事業というテーマを選ばれたわ けですが、その意図するところや苦労した ところを聞かせてください。 中島 自分の出身地、馴染みや縁のある都 市をテーマに研究するということは、自 分のモチベーションとつながりやすいこ とだと思います。そんなことで東京を選 んだのですが、東京はある意味、日本中 で最も先行研究のある都市なわけで、自 分に出来るだろうかという気持ちはずっ とありました。これまで区画整理事業は、 道路インフラ整備はできたけれど、決し て豊かな方向へ導かなかった、ともする とつまらない空間へと破壊したと言われ てきました。 「あぁ、そうだったのか、残 念ですね」で終わってしまってはこれか らの未来がないなと思っていました。僕 らの生きる 21 世紀という時代には新し く1から空間を構想する余地はあまりな いと思っていたので、こうした区画整理 でできた空間をより豊かに活かすために はどうしたら考えたいと思っていたまし た。戦災復興を選んだのは、ボリューム 感だったような気がする。これぐらい事 業地区があれば、どこか面白いところが あるだろうと(笑)そんなつもりだった けど、一方、単純に言って区画整理は土 地の交換分合の技術なだけなので、でき ることの限界みたいなものに悩んだとい うか、区画整理推しだけでは説明できな い課題もたくさんあるので、本当に何を 論じることができるのかは苦労しました。 ―「戦災復興に関するこれまでの評価」 という部分に 1 章が割かれています。 「画 一化とは何か」と既往研究に迫っていくと ころはアツいですね。 中島 これも先ほどの質問で考えていた課 題意識というか研究の動機と同じですね。 ただ、ちゃんと迫れたかどうかはわから ないけど。こういう言い方はとても変な のだけど、僕個人は学術論文のマナーと いうか、態度がすごく好きで(笑) 、これ までの既往研究で明らかになっているこ と(人間がわかったことの蓄積)がここ まであって、自分は今からこの論文でそ の限界をほんの少しだけなのだけど超え てみせる。っていうことに夢があるなあ と思っていて。だからこそ、既往研究に 対して最大限リスペクトしたいし、自分 もゆくゆくはリスペクトされるような論 文を書きたいと思うわけです。で、区画 整理は空間を画一化したという言説はあ るんだけど、 そもそも空間が画一化するっ てどういうことなのだろうとずっと考え 8

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■07 大森駅東附近地区 ていました。そんな時に読み返していた 本の中で大谷幸夫先生が、 「秩序を求めた が故に秩序を破壊した。これは画一化で はない。 都市の無差別化的な状況なのだ。 」 ということを戦後の都市形成批判として おっしゃっていて、画一化かそうでない かの二項対立ではない図式から本質をえ ぐるという視座に強い衝撃と影響を受け ました。その意味では大谷先生からあま り進歩的な議論はできていない気もする のですが。 ―そんな中、 「東京都市計画復興土地区 画整理事業地区事業計画書」という一次資 料が重要な資料として論文の中に登場しま すね。どういう経緯で発掘されたのでしょ うか? 中島 この史料を発見できたことで博士論 文の強度がある程度保てたと言っても過 言ではないですね。東京都が現場担当課 で保管している生の資料です。僕が調査 していた際に、東京都の戦災復興区画整 理は事業清算金の支払いを巡って裁判が まだ続いている状態で、完全な事業完了 していなかったんです。通常行政資料は 事業完了後、数年の期間をおいて廃棄さ れるか、公文書館に移管されるかするの ですが、多くの戦災復興都市で事業計画 書は残っていません。東京都はまだ事業 が終わっておらず、残っていました。と ても幸運な状況だったと言えます。 ―巻末資料としてその「事業計画書」の 要約抜粋が納められています。 中島 この事業計画書は東京都公文書館に 保管されるべき貴重な資料だと思います が、今後まだ史料の行き先はどうなるか わからない。そこで、ひとまず自分が見 た分については出来る限り、巻末資料で 納めれば、博士論文として国会図書館で 保管できると思い、途中からはこの事業 計画書の内容を残すことがこの論文の大 事な役割の一つと考えるようにもなりま した。 ―「生きられた都市空間としての戦災復 興区画整理」 として論文の中に 「阿波踊り」 が登場します。 中島 論文の最後に補論的に付け足した部 分なので、あまりここを取り上げられる のは恥ずかしいのですが、これは、当時 やっていた都市空間の構想力調査の一環 で、田中暁子さん、永瀬節治さんや後藤 健太郎君たちといつも東京中を歩き回っ ていたときにやったお祭り調査が元に なっています。戦後の復興の中で生まれ、 現代では完全に定着し、各地で普通に行 われている東京の阿波踊りですが、阿波 踊りの踊られる空間が高円寺や大塚では まさに戦災復興区画整理の事業地区が舞 台となり、基盤整備ともに発展展開した という経緯があります。両者はそこまで 意識的であったとは言い切れませんが、 そういう空間の意図や意味として捉えて みようと考えたんですね。やはり区画整 理はあくまでも土地の操作なので、その 上で行われる都市の活動を何とかひとつ は取り上げたいと思い、書きました。当 時は、お祭りを楽しんだり、あちこちで かけて行ったり、一緒に都市を体験的に 共有して議論する仲間に本当に恵まれて いたと思います。 ―都市計画の分野で歴史研究を行うとい うことの意義はなんでしょうか? 中島 偉そうなことを僕が言っても全然意 味がないと思いますが、都市を計画する ということも結局は時間の中での出来事 なので、歴史研究を行うこと自体はごく 普通のことなのだと最近思うようになり ました。知られていなかった史実を明ら かにすることが勿論大事なのだけど、こ れから都市計画を未来に向けて何をして いくべきかを考えるためにこれまでの都 ■08 渋谷駅附近地区 N 0 50 100 200m 変更無し 新設街路 廃道 ▲中島助教の論文より渋谷駅周辺の街区改変図 ▲東京都市計画復興土地区 画整理事業地区事業計画書 市計画をどのように評価するかという史 観をちゃんと磨いていきたいです。 ―これから先生はどういうことを研究な さるのでしょうか? 中島 難しい質問ですが、これにちゃんと 答えられないと研究者失格ですね。うー ん。  狭い意味での都市計画史ではなくて、都 市形成史を計画論的視点から描いて、今 の法定都市計画だけではない都市の計画 史を書きたいです。人がよりよく生きた いからこうやって都市を更新したいとい う想いが都市を計画するということなの だと思うので。最近、研究室のプロジェ クトとは別に、ある東京郊外の住宅地の 住環境維持活動の歴史を調べています。 これも法定都市計画ではないし、マネジ メント計画が過去よりあった訳ではない けれど、自分たちの住む環境を維持した いという未来に対する意志とその活動の 積み重ねという意味では活動を伴った暮 らしの中の都市の計画史なんだと考えて います。そこでは、自分たちが研究して いるだけではなく、地域の人たちと共同 して実践的に研究を行うことも試してい ます。 * 中島 論文を最後書いている時は僕は仕事 をしていた関係で研究室にはほとんど行 かず、自宅で執筆しており、松井君とは あまり最後の提出の高揚感(笑)をシェ アしていないのだよね。 いかがでしたか? 僕は結構毎日テンションが上がり下がり して、えずきながら書いてました(笑) 松井さん(以下敬称略)  僕の場合は、周 9

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市民参加のはしご citizen control 住民 ・ 市民関与   の主体の類型 行政関与の種類と内容 ネット 総合政策 ワーク化 市民によるコントロール delegated power 権限委譲 専門性の 事業費用 専門性の 地区への 管理委託費 分担 内在化 買収費用 事業費用 技術育成 りに恵まれてたと思います。駒場の先端 研で、楊さんとポンサンさんと一緒に博 士論文を書いていたので、論文の内容や 構造について議論をしましたよ。まぁ、 結 局「 こ れ で 行 け る! 大 丈 夫!!」 と、 励まし合って終わるわけですが…。三人 で「ライターズハイ(そんな言葉はある のか?) 」状態になっていたと思います。 でも、論文自体は必死に書いていたけれ ど楽しかったですよ。もし一人で書いて いたら、沈んだときに這い上がれなかっ たでしょうね。ただ、異様なテンション で書いた文章もあるので、いま、改めて 読み返すとなるとちょっと怖いです(笑) 中島 当初考えていた課題意識はクリアに できましたか?松井君の論文も、これま での分厚い町並み保全論やまちづくり論 がある中での研究だったと思いますが。 松井 都市デザイン研究室だけでも、西村 先生、岡崎先生、下間さんなど多くの先 輩方の壁を乗り越えないといけないです からね。課題認識としては「これだけ住 民参加の仕組みや景観保全の法律が増え てきたけど、本当に住民による町並み保 存運動は進めやすくなったのか?」とい うところがスタートだったと思います。  博士一年のとき、窪田先生と伸さんと茨 城県の真壁に関わらせていただく機会が ありました。これは、かつて陣屋が建っ ていた場所に多目的ホールを建てるとい う計画があって、規模や住民説明の進め 方の問題から周辺住民による反対運動が 展開されていたため、そこに協力したと いう PJ です。そこで感じたのは、住民も 行政も同じ景観保全というベクトルで進 partnership 協働 placation 市民組織の 管理委託費 専門化 活動費用 ネット まち条例 総合政策 ワーク化 公共担保 懐柔 consultation 意見聴取 informing 関連事業 活動認定 技術提供 会合参加 活動手法 保存条例 地区内外の 買収費用 技術育成 公共担保 市民の組織 関連事業 運営費用 運営契機 調査実施 会合参加 活動手法 保存条例 地区住民 買収費用 による組織 立ち上げ 契機 住民先導 啓発 調査実施 まち条例 情報提供 therapy 緊張緩和 manipulation 世論操作 個人としての 関与 財政 調査実施 住民先導 啓発 関連事業 技術 人足 情報 内容後援 運営後援 間接的関与 直接的関与 ▲ 松井さんの論文より歴史保全型まちづくりにおける 住民・市民関与と行政関与の相互関係のマトリックス んでいるはずなのに、何かボタンの掛け 違いがあるような違和感でした。他にも、 例えば、卒論で関わらせていただいた函 館や鞆 PJ の事例など、幾つかきっかけが あって、住民・市民と行政の相互関係を どのように考えるかが大事なのでは、と 着目するようになっていきました。  一方で、既往研究を調べてみると、町 並み保存の分野に限らず、圧倒的に市民 参加の研究が多いのです。如何にして都 市計画に市民の意見を取り入れていくか というのが、都市計画研究の一つの大き なテーマにあったわけですから、当たり 前と言えば当たり前なのですが…。反対 に行政関与についての既往研究はほとん どない。ですから、最初の課題認識を住 民・市民と行政の相互関係に着目しなが ら、特に行政関与の視点から論じること が、既往研究に対する自分の論文のオリ ジナリティーなんだと考えていきました。 中島 真壁行きましたね!あそこにひとつ のきっかけがあったわけなんですね。 松井 基本的に僕の博士論文はプロジェク トを通して考えてきたことをまとめたも のなんですよ。なので、真壁も神楽坂も 鞆の浦も出てきます(笑) 中島 市民参加のまちづくり論に対して行 政関与から組み立てていく際に方法論な どで参考になった研究などありますか? 隣接分野は見ましたか?  その一方で僕らは工学分野なので、ある 種のこうした社会組織形成もプロセスの 中で技術論的に見ていくことが多いと思 います。松井君の作成したマトリックス もまさに関与実態を評価するための指標 としてのツールづくりに取り組んでいた のではないかと思ったりする訳です。 松井 もちろん行政学や社会学についても 既往研究を勉強しました。この分野でも 住民と行政の関わり方の課題というのは 指摘されていて、すごく共感ができる内 容でした。けれども、それでは実際にど う解決するの?という段階までは論が進 んでいなかったように見えたのです。こ れが伸さんのおっしゃる工学的視点なの かもしれません。そこに都市計画の視点 から切り込む意義があったのかなと思っ ています。また、論文のマトリックスを 作ったときにベースとなったのが「市民 参加のはしご」です。これを現代の社会 状況にあわせて、二次元的に発展させて いくような感じ進めていきました。  あと、教育学についても幾つかの文献を 読みましたね。ダン・ニューハースの『不 幸にする親』とか。行政と住民は、決し て親子関係のような主従の関係ではない と思いますが、アナロジカルに捉えられ ないかと思ったのです。要するに、先ほ どボタンの掛け違いがあるような違和感 と言いましたが、でも立場が違うのであ れば考えが違うのは当たり前で、それを 理解せず、一方的に片方の論理を押し付 けることに問題の本質があるのではない かと思考を進めました。市民参加のはし ごを見ればわかるように、住民活動は段 階をおって成長していくわけです。これ ▲真壁に行った時の写真 1番右が中島助教、3 番目が窪田先生 10

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らを親子関係に当てはめれば、子供の成 長にしたがって子離れをして関わり方を 変えていく、そんな流動的な関係性が住 民と行政の間にもあり得るのではないか と考えていきました。 中島 なるほど、周辺分野の研究の進捗も おさえた上での論理構築だったわけです ね。  今度は逆に研究論文の課題について聞い てみたいです。自分もそうでしたが、書 き終わった瞬間から書けなかったことに ついて思いが巡って悶々とすることもあ るかと思います。それがそもそも次の研 究の原動力になったりもしますよね。最 近の研究の関心も合わせてお聞きしたい です。 松井 研究課題としては、実践的に展開す ることとケーススタディを増やすことの 二つがあると考えています。  前者については、僕の博士論文はこれま での歴史保全型まちづくりという活動の 中から抽出した事実から、マトリックス 状の行政関与と住民関与の相互関係の見 取り図を作ったものになります。なので、 それが実際に地域でどのような効果を持 つかを確認できていないのです。そこで、 特に両者の関係がうまくいっていないよ うな地域の課題解決に繋がるかどうか、 ある意味で実験的に活用できないかなと 思っています。ただ、これは協力してく れる相手がいて初めてできることなので、 もう少し時間がかかるかなと思っていま す。  後者については、博士論文は時間的制 約があるため、ある程度の的を絞って事 例選出をしたので書ききれていないケー ススタディがあると思うんです。卒業後、 京都に来て先斗町のまちづくりに入らせ ていただいてるのですが、ここの住民と 行政の関係がとても面白いんです。景観 やまちづくりの係長レベルの方までが何 人も入ってきて積極的にしかけているん ですが、でも決して行政主導というわけ ではなく、そこを指揮しているのは先斗 町内の雑貨屋さんのご主人なのです。分 担しているけれども、一つのチームとし て機能していると言う感じでしょうか。 マトリックスでは一言で「専門性の分担」 なんて書いていましたが、もっと深掘り していけそうだなと考えています。  それと伸さんの最後の質問に答えられ るかわかりませんが、博士論文の執筆や 最近の仕事を通していろんな事例を見て きて、そこから町並み保全を目的化する ▲南砺市の城端 のではなく、町並み保全を通してもっと 大きな都市計画上の課題に答えることが 出きるんじゃないかと考えてたりします。 例えば、 人口減少で集落維持が困難になっ ていくことが予想されていますが、そこ に町並み保全として対処できないか、つ まり空家再生と町並み保全をセットでシ ス テ ム 化 し て い っ た り で き な い か、 そ んなことを飛騨古川や南砺市の城端で考 えさせていただいてます。一方で、先斗 町ではある程度の保全の仕組みは出来上 がったから、じゃあ、原点に返って先斗 町らしさってなんだ?を真剣に考えよう としたり、最近は博士論文のテーマとは 少し違う方向の研究を進めていますね。 まぁ、 もともと都市空間とか町並みといっ たものが好きなので、こっちのほうを優 先しちゃってますかね…。うまく両立を 図りながら、歴史保全型まちづくりの次 の一手は何なのか、真剣に考えていきた いなと考えています。 (編集:M1 益邑明伸) 都市 本   今回の読書会は、ただ本のまま吸収するだけでは 気づく有意義な会であったと思います。 なく、読み方一つとっても様々であるということに イナーに向いているという話にまで広がりました。 らにするか、バランス良く判断できる人が都市デザ しそれに従ってすすめる方法(再生特区等)のどち 鶴市の美の条例等)と、1つのガイドラインを作成 りにおいて、様々な具体的なやり方を示す方法(真 読書会から M1 李美沙   個々のパタン同士がどのように関わり合っている   読書会での話題はまず、都市の構成要素同士はあ 的なイメージがしやすかったです。また、まちづく ティス構造にした図を作ってきてくれたので、具体 のかは、今回の担当だった柄澤くんが本書をセミラ ました。 践として評価するべきなのか、といった論点になり 評価するべきなのか、それともアレグザンダーの実 けられているという指摘がされ、本書を概念として 空間全体としてどうあるべきなのかという記述は避 ました。次第に、 パタン個々の概念は評価できるが、 のだという本書の意図を共有するところから始まり く複雑に絡み合っているということを示したかった る部分ではツリー構造にもなるが、一方通行ではな いと述べています。 パタン・ランゲージ/ C. アレグザンダー 著/ 1977 年 邦訳:平田 翰那 訳/鹿島出版会/ 1984 年   例えば「市場のような大学」という項目では、今   第3回読書会では、 心に集会室や研究室が町中に散らばっているのが良 な建物やオフィスの建つ中心地区があり、そこを中 受けられるような仕組みが良く、物理的には、主要 社会的には、だれでも講座が持て、だれでも授業が え、高等教育の市場としての大学を奨めています。 日の管理過剰で孤立化した大学に対して異議を唱 います。 になっており、全253のパタンについて言及して 最後に施工細部の小さなパタンで締め括られる構成 大きなパタンから始まり、近隣、建物群等を経て、 示すことを意図して書かれています。地域や町等の 物や町の作り方に関して、社会の全員の共通言語を 画家・建築家である著者が自身の経験をもとに、建 ン・ランゲージ』を読みました。この本は、都市計 C. アレグザンダー著の『パタ 11

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Main title:Times Regular 16pt Nexus of the Flow and the Scape ■ 公共政策デザインコンペ −土木計画学会委員会賞受賞− -Winning the Competition執筆:中島 編集:柄澤  第 49 回土木計画学研究発表会の公共政策デザインコンペティションにて、M1 中島、柄澤、羽藤研 M1 芝原で、土木計画学会 の主催する公共政策デザインコンペに参加させていただき、土木計画学委員会賞を受賞致しました。6 月 7 日、8 日の土木計画学 春大会でポスターセッションを行い、審査員の投票で決定するのが土木計画学委員会賞です。この賞の受賞は、自分たちが時間を かけてやってきたことが評価されたという意味で非常にうれしく思っています。 ■ 参加にあたって  芝原さんにコンペに誘われたのが3月上旬で、まだまだ卒業 設計の反省が頭の中に強く残っている時期でした。分析にして も設計にしても手が動かず、また設計に十分な時間を使えな かったという反省が、今回のコンペで活きたように思います。 特に空間表現に関しての反省はお互いに強く持っており、それ が大パースによる空間表現につながりました。 ■ 学んだこと   異なるスケールによる多面的な神戸の分析とそれに基づく 空間提案を一つの一貫した論理で説明ができたこと、ポスター セッションで自分の提案を短く完結に説明する経験ができたこ となどコンペ参加にあたって多くのことを学びました。羽藤研 の皆様には発表練習を数多く開いていただき、そこでの反省を 再び提案に投げ返すというプロセスを何回も繰り返すことで、 提案が整理されていきました。また、都市間分析やアンケート 集計、空間提案などそれぞれが得意なことを活かせるような チームワークが発揮できたと感じています。コンペに向き合っ たのは2ヶ月程度ではありますが、それ以上の密度の濃い時間 を過ごさせてもらいました。 最後に、デザ研の先生方やメン バーから、羽藤研が主体となっていたコンペにもかかわらず提 案を形づくる重要なアドバイスを多々頂いたことを、この場を 借りてお礼申し上げます。 6 月のウェブ記事 20 世紀都市遺産プロジェクト、始まりました! 漁業の町から郊外へ、浦安プロジェクト始動! 東大生 × 佐原高校生=さわら部による、 「さわらぼ」スタート! ISSC 総会プレ調査:遺跡・村・地図 第 1 回 20 世紀都市遺産セミナー終了! 知られざる神田の歴史!神田町歩き  是非ご覧下さい: http://ud.t.u-tokyo.ac.jp/ja/blog/ 7 月の予定 7月1日 研究室会議 7 月 4 日~ 6 日 大槌 PJ 現地調査 7月7日 浦安 PJ 現地調査 7 月 11 日~ 13 日 佐原夏の大祭 7 月 30 日~ 8 月 3 日 Lumbini ISSC 編集後記 益邑 明伸  今回は世界遺産登録や受賞など明るいニュースが多く、デザ研マガジン始まって 以来かつてないボリュームになってしまいました。その分一つ一つのニュースをい つもより深掘りできているのではないかと思いますが、レイアウトなど行き届かな いところも多々あるかと思います。皆様お忙しいと思いますが、時間を見つけて目 を通していただければ幸いです。ぜひ感想をお寄せください。なお、来月のマガジ ンは休刊いたします。 12

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