第245号特集(2016年9月30日発行)

 

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第245号 特集「彼らの見てきた風景」

Popular Pages


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2016.09.30 vol. 245 特集号 彼らの見てきた風景 TRAVEL LOGS IN SUMMER 東京大学 工学部都市工学科/ 工学系研究科都市工学専攻 都市デザイン研究室 http://ud.t.u-tokyo.ac.jp/ja/ 夏の移動の軌跡  p.2 研究室の見てきた風景  p.6 「街の灯」を想像するために     -西村先生インタビュー p.18 編集長: 黒本剛史 編集委員:富田晃史 中井雄太      浜田愛 王誠凱 神谷安里沙      田中雄大 中村慎吾 松田季詩子      

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Invanes Stockholm Copenhagen Ironbridge Letchworth/ London Delft Regensburg Munich Zermatt Venice Verona Rome Beijing Kathmandu Paro Thimphu Hongkong Bangkok Kuala Lumpur Singapore Tokyo 夏の移動の軌跡 A Glimpse of Their Experience in Summer 旅行、調査、出張…夏休みを利用し、頻繁に移動している西村研のメンバー。はたしてその全貌はどのようになっているのでしょう。 多くの人の頭をよぎるであろうこの疑問を解決するべく、悉皆アンケートを行いました。 (編集:M1松田) 2

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世界への足跡 Footprints all over the world Portland San Diego Chicago New York 3

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日本での足取り Tracks in Japan N 凡例   …宿泊を伴う滞在   …日帰り、周遊       →移動の向き    東京から / への移動    現地での移動 ※同ルート往復の帰りは省略。  主に 7/26~9/26 の期間で集計。 Kopenhagen Delft 4

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西村幸夫 教授 Stockholm Kopenhagen Delft 先生方の軌跡 Our Professors’ tracks Prof. Yukio Nishimura 中島伸 助教 Beijing Paro Thimphu Bangkok Assistant prof. Shin Nakajima Stockholm Kopenhagen Delft 7/29~30 長野県須坂市、7/31~8/6 ブータン・パロ / ティンプー≪国際 WS≫、 8/9~12 和歌山県和歌山市≪和歌山大集中講義≫/ 雑賀崎、8/18~20 日田市≪学会≫、 8/22~24 中国・北京≪精華大での会議≫、8/25 北海道函館市、8/31 富山県富山市、 9/2~4 石川県加賀市、9/9 福島県新白河 / 下郷町、9/10~11 広島県福山市鞆の 浦≪会議≫、9/13 葉山、9/16~18 福井県坂井市三国≪町並み塾≫ 中島直人 准教授 Assoc.prof. Naoto Nakajima 7/17~29 オランダ・デルフト等、デンマーク・コペンハーゲン、スウェーデン・ ストックホルム≪IPHS 大会 / 調査≫、8/2~3 静岡県三島、焼津、清水、静岡市 ≪ 実習旅行≫、8/22~25 佐賀県佐賀、柳川市、福岡県八女市、福岡市 ≪調査 / 建築 学会≫、8/26~28 福井県坂井市三国 ≪調査≫ 9/5~6 京都府京都市≪研究会≫、9/6 岐阜県大垣、岐阜市≪調査≫ 森朋子 助教 Assistant prof. Tomoko Mori New York Kopenhagen Delft New York Kathmandu New York 7/17~26 オランダ・デルフト等、デンマーク・コペンハーゲン≪出張≫、 7/30~31 岐阜県各務原市≪帰省≫、8/13~23 岐阜県各務原市≪帰省≫ 、9/4 岐阜 県各務原市≪帰省≫、9/5~6 京都府京都市、9/10~11 岐阜県各務原市≪帰省≫ 、 9/13~19 アメリカ・ニューヨーク≪調査≫、9/24~25 岐阜県各務原市≪帰省≫ ※日帰り出張は省略いたしました。 コラム:総移動距離で月面をめざす Fly to the Moon アンケートに回答して頂いた方々 27 名について、移動の軌跡を直 線距離で合計し、月までの距離と比べてみました。 残念ながら月面着陸は果たせませんでしたが、メンバーが活発に動 いている様子の一つの目安になるかと思います。 New York ※直線距離で測定  端数は 5km 単位で切り上げ 地 球 一 周 ( 赤 道 ) 研 究 室 の 移 動 距 離 合 計 地 球 月 8/22~23 中国・北京 ≪APSA 会議≫、8/24 福岡県福岡市≪建築学会≫、8/25 福 岡県うきは市 ≪伝建地区・新川・田篭地区の水害復興に関する市役所ヒアリング 調査≫、8/26 大分県日田市、福岡県朝倉市、佐賀県吉野ヶ里町≪文化的景観・小 鹿田焼の里、伝建地区・秋月、吉野ヶ里遺跡視察≫、8/27~30 京都府京都市 ≪世 界考古学会議参加≫ 、9/2~9/7ネパール・カトマンズ≪カトマンズ PJ 調査≫ 永野真義 助教 Assistant prof. Masayoshi Nagano New York 8/22~23 兵庫県西宮市≪知人の事務所訪問≫、8/23~24 大阪府大阪市≪帰省・新 歌舞伎座を見に≫、8/24~27 福岡県福岡市博多≪建築学会・リノベーション事例 見学≫、北九州市小倉≪リノベーション事例見学≫、門司港≪レトロな町並み探訪≫、 9/9~17 アメリカ・ニューヨーク≪調査・打合せ≫、 9/22~23 長崎≪調査・打合せ≫ ― 384,400km 352,705km 40,070km 5

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研究室の見てきた風景 Records of Our Treads and Experiences 「夏の移動の軌跡」では、皆さんの移動を鳥の目で見てきました。一つ一つの行き先で、どんな体験をし、どんな風景を見てきたのでしょ うか。皆さんにご協力いただき、最も印象に残った旅について、紀行文をお寄せいただきました。 (編集 プロジェクトの記録:M1 中村 個人の記録:M2 黒本) Index ➢ プロジェクトの記録   [ 福島 PJ ] 高校生と石巻・女川へ    川田さくら  (M2)   [ 三国 PJ ] 九州のまちなみ・空き家再生事例見学 矢吹剣一  ( D 2 )   [ 三国 PJ ] 越中八尾 - おわら風の盆視察 -    越野あすか  (M2)  ―7  ―8  ―9 ➢ 個人の記録 1. 国内の街並みをめぐる   大分県 小鹿田焼の里   森朋子  助教   島根県 温泉津 中井雄太  (M2)   栃木県 日光         砂塚大河  (M2)   富山県 砺波平野            神谷安里沙  ( M1)   熊本県 熊本市   田中雄大  (M1) ―10 ―10 ―11 ―11 ―11 2. ふるさとに帰る   岐阜県 各務原市 中島直人  准教授   兵庫県 西脇市・京都府 伏見区 柏原沙織 ( D 3 )   愛媛県 今治市     三文字昌也 (M1) ―12 ―12 ―12 3. 離島を訪ねる   島根県 海士町   東京都 青ヶ島村 黒本剛史  ( M2) 中村慎吾  ( M1) ―13 ―13 4. 海外の市街地を知る   アメリカ ニューヨーク 永野真義  助教 ―14   イギリス レッチワース  西川亮 ( D 3 ) ―14   ブータン パロ・ティンプー     児玉千絵  ( D 3 ) ―15   イタリア ヴェネツィア 宮下貴裕 ( D 2 ) ―15   ネパール カトマンズ・コカナ  濵田愛  (M2) ―16   イタリア ローマ     松田季詩子 (M1) ―16   アメリカ シカゴ 6 福本遼子  ( B 4 )  ―17

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プロジェクトの記録 Travel on Project Activities  高校生と石巻・女川へ ――福島プロジェクト ▲石巻・子どもセンターらいつでの交流の様子 川田さくら(M2) SAKURA KAWATA 今年度、小高復興デザインセンターの活動の一環で、南相馬市の「高校生 による小高区への提案」事業の企画・運営を行っています。小高を元気に したいという思いを持つ市内の高校生 11 名が毎月集まり、小高の復興を 学び実践しています。今回は、県外の復興状況を学ぶため、石巻と女川で 復興に取り組む方々にお会いしてきました。 訪問先:宮城県石巻市・女川町/期間:8 月 20・21 日 参加者:高校生 10 名、福島 PJ メンバー 3 名、小高区役所職員 1 名 主な見学先:[ 石巻 ] 復興まちづくり情報交流館・子どもセンターらいつ・ 石巻 2.0 [ 女川 ] ゆめハウス・女川フューチャーセンター Camass・女 川駅前商店街 ▲女川・ゆめハウスは倉庫をリノベし、その周りでイチジクやトウガラシ を育てています 石巻と女川 石巻中心部は、石巻の高校生の「石巻の魅力はおもしろい大人がいっぱ いいること」という言葉に表されるように、石巻 2.0 によるリノベ施設 (カフェ、IT オフィス、本屋など)や「子どもセンターらいつ」といっ た人が集まる「点」がたくさんありました。大きな施設はなくても、小 さな点の活動が地域の賑わいに結びついている様子が印象的でした。女 川では、外から人を迎え入れる駅前の空間が注目されがちですが、地元 の方の仕事場・憩いの場である「果樹園カフェゆめハウス」のゆっくり とした時の流れこそ、地元の方々にとっては重要なのかなと感じました。 原発被災地の難しさ 『震災から5年 “ も ” 経ったのか、5年 “ しか ” 経っていないのか、自 ▲石巻・石巻 2.0 が運営するまちの本棚。販売も貸出もしています 分の中ではっきりしていなかったが、石巻を一通り見たとき、5年も経っ たんだからここまで復興するのも当たり前なのかと、小高との圧倒的な 復興の違いに驚かされました。放射線があるだけでこれだけ復興が遅れ てしまっている中、私たちが小高に出来ることとは何か…』(高校生の 感想より)土地の生業と地域のつながりが失われた原発被災地の復興の 難しさを改めて痛感しました。 高校生とまちづくり 昨年末、急遽スタートした高校生 PJ ですが、長期的な視野での若い世 代への投資の仕方、高校生のまちづくりへの参加方法など、考えさせら れることばかりです。高校生がまちづくりにおけるひとつのアクターと なり、将来どこかの街のもの言う大人になる、という理想に向け模索中 です。 ▲女川フューチャー Camass にて、女川の復興への取り組みを伺いました 7

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 九州のまちなみ・空き家再生事例見学 ――三国プロジェクト 佐賀 柳川 八女福島 八女黒木 ▲柳町のリノベーション物件 (旧森永家住宅) ▲水路沿いの散歩道を歩く ▲八女福島の白壁の町並み ▲廻水路を調査する M2 矢吹剣一(D2) KEN-ICHI YABUKI ▲佐賀・わいわい!コンテナ ▲八女・居蔵造りの町家が残る(写真は天保 9 年(1838 年)建築) 建築学会大会の 2 日前、三国 PJ の M2 と中島伸助教らと九州 へ入り、今現在三国 PJ で取り組んでいる空き家再生によるま ちづくりの事例及び福岡県内の重要伝統的建造物群保存地区を 視察した。 1 日目:佐賀(「わいわい !! コンテナ」プロジェクト「柳町地区」 他)→柳川(掘割他) 2 日目:八女福島(重伝建地区他)→黒木(重伝建地区と堰・ 廻水路等の水利施設他)→(福岡へ) 今回視察した町の共通項でもあり、最も議論したテーマは、 「歴史的市街地における空閑地の再生のあり方」だろう。 佐賀(長崎と小倉をつなぐ長崎街道沿いの呉服町・柳町で再 生活動が活発)は佐賀城、八女福島(旧往還道沿いでの再生 が進む)はかつての福島城を中心とした旧城下町である。 それぞれの町で実施されているプロジェクトは、敷地周囲の エリアに着目しながら、空閑地をマネジメントすることで、 これまでに無かった賑わいをまちに生み出している(個人的 には最近、ある種こうした Tactical な取り組みを、大きな Strategy にどう結びつけるかが重要ではないかと考えてい る)。 ▲黒木・水を有効活用するための水利施設(黒木堰と黒木廻水路) 8 今回は、各事例の効果を把握出来た一方で、歴史的市街地に おける町並み再生の新たな方法論(あるいは既存の方法論の 更新)の必要性も感じた。 未だ遺る城下町の都市構造に近代都市計画のプランニング層 (レイヤ)が積層し、しかも全体的には人口減少が減少し続 けるという複雑かつ困難な状況の中で、東京都心部のように 「価格断層」などの方法論がそう安々とは通用しない地方都 市の実情に触れることができ、今後、三国 PJ で取り組むべ きことのヒントが得られたように思う。

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 越中八尾 - おわら風の盆視察 - ――三国プロジェクト ▲「おわら風の盆」の様子 越野あすか(M2)ASUKA KOSHINO 三国プロジェクトの現地調査の帰りに、富山県の八尾で「おわら 風の盆」が行われるということで、プロジェクトメンバーと見学 に行きました。 八尾は富山平野の南西部にある、街道の拠点として繁栄した町で、 都市デザイン研がかつてプロジェクトで入り込んでいた場所でも あります。「おわら風の盆」は旧町と呼ばれる地区で行われ、山 の傾斜に石を積み上げてできた細長い坂の町で行われる伝統の民 謡行事です。 ▲対岸から見た八尾旧町 情緒ある踊りに感動したのはもちろん、伝統文化がまちに与え る影響の大きさを感じる、印象に残る訪問となりました。 初めは観光客が多く、どこで踊っているのかもわからず少し残 念な気持ちになったのですが、夜遅くなるにつれ、観光客が減 り、まちのあちこちで輪踊りや流し踊りが行われ、まちを回遊 しながら楽しめるとても魅力的な祭りでした。踊り手は若い人 たちのみに限定されていて、年長の歌い手や弾き手が後ろから 見守る中で、文化が受け継がれているのが感じられました。家 については、大きく開け放たれた 1 階の空間が親類で集まっ て宴会を行う場所になっていたり、2 階の開口部がとても広く、 修景された家の格子は開閉式になっているなど、踊りを鑑賞す ▲1階での宴会の様子 る空間として使いやすいように作られていました。 また、かつて花街であった鏡町という地区では、階段下の空間 が舞台空間として使われていたり、諏訪町という地区では、緩 やかな坂道に並んだボンボリの間が流し踊りの舞台となってい たりと、とてもうまくまちの舞台化がなされていました。 「おわら風の盆」を鑑賞していて、まちの人たちの体に刷り込 まれており、まちの形態と深くかかわりがあるところに、三国 の三国祭と似たものがあるなと感じました。伝統文化が持つ力 の強さというのでしょうか、地域住民に染み込んでいる祭りの まちへの影響は大きく、まちづくりを進めるうえで重要な要素 であると改めて思いました。 ▲鏡町での踊りの様子 9

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個人の記録 Personal Travelogs 1. 国内の街並みをめぐる Strolling in Domestic Cities 森朋子 助教 TOMOKO MORI 東京→福岡市≪建築学会≫→福岡県うきは市 ≪伝建地区調査≫→大 分県日田市、福岡県朝倉市、佐賀県吉野ヶ里町≪文化的景観・小鹿 田焼の里、伝建地区・秋月、吉野ヶ里遺跡視察≫→京都府京都市 ≪ 世界考古学会議参加・古墳見学・発表会参加等≫→東京(6 泊 7 日) 建築学会のあと、自然災害を受けた伝建地区調査の一環で、うきは市役 所にヒアリング調査をさせて頂きました。その後1日足を伸ばし、かね てから行きたかった大分県日田市の「小鹿田焼の里」に行ってきました。 ここは小鹿田焼の窯場で、伝統的な技法は昭和 45 年に国の記録作成等 の措置を講ずべき無形文化財に選択され、平成 7 年には重要無形文化 財に指定されています。平成 20 年には、九州で初めての重要文化的景 観に選定されました。 中井雄太(M2) YUTA NAKAI 東京→鳥取県境港市≪まちあるき≫→島根県隠岐の島町≪観光≫→ 島根県出雲市≪観光≫ →島根県太田市温泉津・石見銀山≪まちある き・観光≫→東京(4 泊 5 日) 9月初め、交通の便があまり良くないため訪れることの殆どなかった 山陰を宿も何もおさえずに旅をしていました。隠岐の島から本土へ戻り、 鉄道などの公共交通の不便さからレンタカーという足を得た私は、松 江から 120km ほど西にある世界遺産の温泉街、温泉津温泉に向かいま した。残念ながら宿泊はできませんでしたが、数百年前から変わらぬ 区割りの町並みに生きる静かな暮らしが非常に魅力的に感じました。  小鹿田焼の里(皿山地区)  小鹿田焼の里(池ノ鶴地区) 山間部に位置する「小鹿田焼の里」では、農閑期に窯業を行う半 農半陶による自給生活をされていたそうです。文化的景観も、窯 業を生業とする皿山地区と農林業を生業とする池ノ鶴地区の 2 地 区から構成されています。皿山地区は川の谷筋に形成され、山か ら陶土を採掘し、川の流れを利用した唐臼で砕き、周辺の杉材を 燃料とした登り窯で焼く、地域資源を活用した窯業が営まれてい ます。山を越えた池ノ鶴地区には、狭隘な谷地に石積みと水利シ ステムを配した棚田が広がっていました。人間がその地の自然環 境を読み解き、知恵と労力を駆使し築き上げた文化的景観のお手 本のような地で、本当に感動しました。 その後心細い山道を抜け、福岡県朝倉市秋月(秋月藩城下町)に 出ました。江戸時代を通して形成された城下町全体が重伝建地区 に選定され、武家屋敷・町家のみならず、敷地割りや道路・水路 など町の基本構造が残る風情ある城下町でした。最後に急ぎ高速 を走り、佐賀県吉野ヶ里遺跡に行きました。展示方法や駐車場の 配置計画等、ルンビニ PJ で参考にしようと思います。 10  温泉津温泉の 外湯や湯治場が 連なる町並み 世界遺産を巡るという趣味はあまり持 ち合わせていませんが、港町と温泉街 が一体となり、山に囲まれた静かな町 並みに佇んでいる温泉津温泉の話を聞 き、すぐにでも向かわねばならないと 思いました。街並みは数百年前から区 割りや道路幅が変わらず、山を抱えた 家々はその殆どが木造で未だに古き日 本旅館・湯治場となっているようでし た。まち歩きの後、夕方には共同浴場 薬師湯の屋上から眺めた の一つ、薬師湯に入り、古くからの湯 温泉津温泉の町並み 治の際の入り方に倣い、金属臭と塩分味のある湯に何度も浸かり 額から汗が噴き出るほど暖まりました。暖まった体を冷ましに休 憩所でもある屋上に上ると、そこには夕陽に照らされてなお一層 その赤みを増した石州瓦の屋根たちが、衰えを知らない盛夏の緑、 まだ青さを保っている空に引き立てられた景色が広がっていまし た。そしてその景色を隠しても、耳を澄ますと聞こえる沢の音と 近づいては遠ざかる下駄の音、時折香る汐の匂いがあり、火照っ た体を冷ますはずが、つい時を忘れて長居してしまいました。次 に訪れたときには、決して立派ではなくてもよい、古くからの湯 治場のような民宿に数日滞在したいと思っています。

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砂塚大河(M2) TAIGA SUNAZUKA 東京→日光・鬼怒川≪東照宮が見たかった≫→東京(1 泊 2 日) ふと思い立って、日光に行ってきました。目的は、日光東照宮とイタ リア大使館別荘を見ること(温泉も)。苔むす雨の東照宮、意外に絶品 な湯葉丼、華厳の滝にレーモンド建築。1 泊 2 日にしてはなかなか充実 した旅になりました。 中禅寺湖に面した開口部。 静かな時間が流れる 神谷安里沙(M1) ARISA KOYA 東京→福井・ 三国≪調査≫→富山あちこち・金屋町、井波、砺波な どなど≪まちあるき≫→(7 泊 8 日) 所属する三国プロジェクトではこの夏、集中調査を行いました。調査 終了後に、ちょうど富山の越中八尾で、「おわら風の盆」が開催される とのことで、古い町並みを色々と巡りながら現地へ向かうことになり ました。その道中、住宅が水田の中に点在した散居村が広がる砺波平 野を一望できる場所を訪れました。それが「となみ夢の平 散居村展望台」 です。 まず向かったのは日光東照宮。あいにくどしゃ降りの雨でしたが、 濡れた苔の緑が鮮やかに光っていて晴れの日とはまたちがった趣 のある姿に出会えました。大改修中で残念でしたが、三猿たちの 修繕作業をパフォーマンスとして公開していて、改修中にもこう いうやり方で観光客を楽しませることができるのか、と感心して 見入ってしまいました。 きらびやかな東照宮も見応えがありましたが、旅の中で特に感銘 を受けたのはアントニン・レーモンド設計のイタリア大使館別荘 です。目の前に広がる中禅寺湖の風景を取り入れた設計と日本を 意識した素材や意匠が 印象的で、忘れがたい 地元の杉皮を使った網代天井。 網代の模様によって空間を分けている 体験となりました。 世界遺産の壮大さと建 築の面白さを改めて感 じた旅でした。いつか 湖畔に別荘を建てよう と思います。 田中雄大(M1) YUDAI TANAKA 東京→福岡市≪日本建築学会≫→熊本市≪震災被害・城下町≫→熊 本・益城≪震災被害≫→福岡・柳川 ≪観光≫→東京(3 泊 4 日) 建築学会大会のついでに、江戸時代の町人地の巨大な街区をそのまま 継承した熊本城下町を見ることと、4 月の地震による影響を見るために 熊本へ行きました。震災の被害が残る熊本城と市内の建物の様子を見 ました。中心市街を歩いた後は、周辺の水前寺趣園や熊本アートポリ スの一環として計画された集合住宅、震災被害の大きい益城町にも足 を運びました。  夕暮れにきらめく散居村 急カーブが続く鬱蒼とした山道を車で登っていくと、木々が晴れ て一気に視界が開けました。眼下に広がるは夕暮れ時の赤い光が きらめく水田と、その間にぽつりぽつりと現れる住宅と屋敷林。 水田の間を光を反射させて動く自動車は、そこに暮らす現代の人 の存在を。個々の住宅と木々がまとまって散らばる光景が、稲作 と共に暮らす歴史を感じさせます。住宅を厳しい風雨や寒さ、夏 の日差しから守る屋敷林ですが、この場所ではカイニョ(もしく はカイナ)と呼び、「高(土地)は売ってもカイニョは売るな」と 言って大切にして先祖代々守り継いできたそうです。しかしなが ら、近年では木々の維持管理が負担となり屋敷林を処分する家も 出てきました。その結果風景が大きく変化してきているらしく視 界の端には住宅の大きさから外れた背の高い建物も見受けられま した。稲作を営む人間と、厳しい自然が共存してきた歴史が感じ られるこの場所ですが、山頂か ら広く一望される景色であるか らこそ、地上レベルで広範囲に  砺波平野を眺める  三国プロジェクトメンバー わたって配慮していくことの難 しさを感じさせられました。 崩れた石垣を   県営保田窪第一団地 真横から見る 熊本城を訪れた時は、衝撃を受けました。というのも、震災が起 こる1ヶ月前に卒業旅行で熊本城を訪れていたからです。5 ヶ月 前に熊本の街を見渡した天守閣の屋根はテレビの中に見たように 剥がれ落ち、至る所で石垣は崩れていました。ただ、海外からの 観光客も多く目にしました。震災による被害は観光的側面もある んだなと思いました。 市内は、鉄の足場に囲まれた建物や傾いた古い家が所々で見受け られましたが、全体としては2度の巨大震災があったとは感じら れない様子でした。それでも、建物の扉に被災危険度の判定をし た 3 色の紙が貼られている光景は印象的でした。 そして、目的の 100m 四方の巨大街区は、まさにそこに存在して いました。街区の中心のかつての会所地は、今でも寺社地や公園 となり、その姿をとどめていました。真夏の日差しと暑さで、全 ては見て回れませんでした。 その後、熊本アートポリスの一環の山本理顕、新納至門による集 合住宅を勝手に見ました。特殊な形態やダイナミックな動線、異 素材をつなぐディテールなど建築スケールで空間を楽しみまし た。 11

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2. ふるさとに帰る Getting Back to Own Hometowns 中島直人 准教授 NAOTO NAKAJIMA 岐阜県各務原市 妻の出産予定日が 8 月 17 日でした。 お盆の一週間、出産に立ち会うべく、 里帰り出産のため先に実家に帰省し ていた妻と長男のところで過ごすこ とにしました。妻の実家があるのは 岐 阜 県 の 各 務 原 市 と い う と こ ろ で、 自衛隊と川崎重工が立地する飛行機 のまちとして知られています。実際 に長女が産まれてきてくれたのは 8 月 22 日の夜でしたので、結局、ねば りにねばって(いくつか用事をキャ ンセルしたりして)10 日近く、各務 原に滞在することになりました。 帰省の間、私の役目はひたすら長男(2 歳 10 か月)の遊び相手を務めること。 毎日通ったキドキドの 妻は妻で順調なお産のためには毎日適度に運動する必要がありました。しかし、 フリーパス 猛暑ということもあって、子供と長時間遊べる場所、妊婦が安全に快適に散歩 できる場所が近くにはありません。そこで、妻の実家から車で 20 分の巨大イ オンモールに通い詰めることになりました。妻はモールの中を歩き続け、私は 子供を思い切り遊ばせることのできるキドキドへ。これまでの人生での総滞在 時間を越えるくらいイオンモールにいて、その空間とパブリックライフをじっ くり勉強した結果、私のアーバニズムは少し寛容になっ たかも知れません。 でもこの夏の帰省で本当に一番印象に残った風景は、 長女が産まれた日、妻が入院する病室で仮眠し、翌朝 5 時過ぎの始発列車で帰京する際、JR 高山線の那加駅 の跨線橋からふと眺めた各務原のまちの夜明けです。 毎日毎日繰り返すごく平凡な一日の始まりの風景です が、私と私の家族にとってはかけがえのない時、新し い時の始まりの特別な風景となりました。 8 月 23 日の夜明けの風景 柏原沙織(D3) SAORI KASHIHARA 兵庫県西脇市・京都市伏見区 夫の実家・兵庫県西脇市に続いて私 の実家・京都市伏見区へ、お盆の時 期に合わせて里帰りしました。主な 目的はもうすぐ 3 歳になる娘を祖父 母に会わせることと、中学からの親 友に会うことでした。「日本のへそ」 兵庫県西脇市は県のやや中ほどに位 置する人口約 5 万人の田舎町。播州 織、釣り針、美術家の横尾忠則が有 名です。伏見は京都駅から南に下っ た酒所。実家の近くには宝酒造の工 場や「洛南一の商店街」大手筋があ ります。 ニュータウン育ちの私にとってお墓は遠くにあって想うものですが、夫の実家 ではすぐ裏山の家を見下ろす場所にお墓があります。夫の祖母は毎日祖父の仏 壇にお経をあげるのが習慣だったり、朝夕に仏さんのご飯を替えたりと、日常 の動作の一部として亡き人を悼む気持ちが習慣化されています。お盆にお寺さ んが来る日は、縁側から勝手に上がったお坊さんがお経をあげていました。畳 に正座し読経の声を聞いていると、日常と地続きになったご先祖様の存在を感 庭の水まき中の義父と 娘。 こ の 奥 に JR 加 古 じます。故郷への愛着に先祖から続く時間軸の感覚は自分には薄く、この場所 川線の線路、更に奥に に自分が根ざしている実感を持てることが羨ましく思えました。 お墓のある裏山の斜面 京都では友達と会いに河原町二条の町屋改装カフェ Very Berry Café へ。話し足りない 2 人でぐずる娘をベビーカー に乗せて散歩がてら、河原町通から三条通に入り、新京極 通を下って四条通に抜けると…何か違う!昨年行われた四 条通の歩道拡幅、噂では聞いたものの実際に見るのは初め てで、とにかく興奮しました。地元商店街のチェーン店通 り化、通った高校の建替など残念な変化を見た後で、歩道 歩道が拡幅された四条通。バス待ち客の 拡幅は久しぶりに嬉しい変化でした。 列が歩行者の邪魔になってない ! 三文字昌也(M1) MASAYA SAMMOMJI 愛媛県今治市 愛媛県今治市の一番端、瓦の生産で 有名な海沿いの小さなまちにある祖 父母の家に居候をしてきました。な んと台風直撃で、家から出ずただ本 を読んでいたのですが、その後台風 一過の晴れ間を使って今治の街へ。 しかしまあ、今治市の中心部は大変 なことになっています。バイパスが 市街地を迂回し、春には巨大イオン モールが郊外にできました。一方中 心市街地の衰退は著しく、駅から港 に至るアーケード街はほとんど空っ ぽ。本当に縮図。 12 なんだかセンスがいい店内 昼食にも困っていたところ、街の中に一軒、非常に怪しい匂いを醸し出 している「JAZZ SHOP」なる看板を発見。入ってみるとブルー・ノー トの影響か青い壁の DIY な内装。お手製のウーファーからはレコードの ノイズとともに小気味良いジャズが 6 畳程の狭い店内に流れ続け、店 いっぱいの U 字カウンターに並ぶ客席の一番端にはおじいさんが足を 投げ出してフラッシュの袋とじヘアヌードを眺めている。壁中に並ぶは レコード・コレクション、カウンターの中にいるのはパイプに葉を詰め て火をつけるところだった 79 歳のマスター、聞けば 一人で開店して 53 年になるそう。ドア開けた瞬間、 震えました。やばいとこ来ちゃった。 帰るわけにもいかず、震える足で席に着き黙々とコー ヒーを啜っている間にも、また別の常連さんが来て、 帰って、ものすごく出入りが多いことに驚かされます。 当然、見たことないガキには常連さんの好奇な目が向 けられ、自然といろんな話を振られ続ける。異世界で 近くまで本当に 営業しているのか した。また行きたいです。 わからなかった

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3. 離島を訪ねる Visiting Islands in Japan 黒本剛史(M2) TAKESHI KUROMOTO 東京→島根県西ノ島《絶壁を観光》→島根県海士町《観光・視察・釣り》→東京(2 泊 3 日) 島根県隠岐に位置する海士町は、2000 人の島民に対し 400 人の移住者が集まり、地 方創生のモデルとして注目される有名な島です。インターン先の建築家夫妻と私の 3 人で訪問しました。 1 日目:米子空港から海士町(中ノ島)へフェリー3時間。隣の西ノ島に渡り、岸壁 を眺めるクルーズ。夜は海を目の前にキャンプ。 2 日目:地元漁師案内のもと船釣りへ。垂らせばすぐ釣れる入れ食いで、30 匹近く の魚を持ち帰る。3 日目:学習センターや図書館、小学校リノベ事例などを視察。 海士町。注目されるだけあって、面白い方が集まります。視察に来たという 乙武洋匡さんと居合わせ、一緒にご飯を食べました。たいへん魅力的な方で した。 そして、全国から集まる移住者や島民による、たくさんの心踊る動きを見て きました。その一つ、人口維持を狙い、高校生を島にとどめるための「高校 魅力化プロジェクト」を立ち上げて推進している豊田庄吾さんにお話を伺い、 彼の立ち上げた学習センターを案内してもらいました。島前高校 180 名のう ちなんと 150 名が通っているという島唯一の塾で、受験対策のみならず、「米 ビジネス」など実践的なゼミも行っています。古民家を改装して作ったラウ ンジは地域にも開放され、とても居心地の良い空間で高校生が勉強していま した。 脱サラして海士町という新天地で起業し、地域の課題に正面からアタックし ていく豊田さんの生き方に魅了され、背筋の伸びる旅となりました。そして、 クリエイティブな面が注目される一方で、島の大部分は農業・漁業ののどか な山村が広がる、時間の止まったような島で、そのギャップが新鮮でした。 島の高校生が実践的な経験を重ねる 隠岐國学習センター内装 少し街を外れると、道端に牛馬が闊歩する 閑かな風景である 中村慎吾(M1) SHINGO NAKAMURA 東京→東京都青ヶ島村≪観光≫→東京都御蔵島村《観光》→東京都三宅村《観光》→東京 (4 泊 5 日) 東京都心から 360km 南の伊豆諸島に浮かぶ青ヶ島。大きなカルデラを有するこの絶 海の火山島に、人口 160 人余りの日本一人口が少ない村がある。村へは八丈島から 週 4 便運航される船でアクセスできるのだが、船の就航率はきわめて低く、辿り着く のは容易ではない。 今回、幸運にも島への上陸が叶い、2 泊 3 日でこの小さな村を見て回った。 青ヶ島を訪れて何をしたかと言われれば、大して何もしていない。強いて挙 げるとすると、山に登ったり、島唯一の集落を散歩したり、「地熱窯」で食材 を調理したぐらいである。 この村は産業も娯楽も乏しい村である。しかし、村民の暮らしは決して貧し くはない。本業をしながら片手間に野菜やニワトリの世話をし、暇ができれ ば居酒屋に集う、そんな自由でのんびりした生活を彼らは営んでおり、暮ら しはむしろ豊かだという。何も無い村だが、何も無いからこそ無駄な欲を持 たず、日々を満足に過ごしているのだろう。 この村には立派な小中学校や郵便局はもちろん、発電所や浄水場など村民の 生活に必要な施設が一式整備されており、殆どが村外から来た者の手によっ て維持されている。そのコストを考えるとこの村の存在はあまりに非合理的 であるかもしれないが、極めて特殊な地理条件のもとに成り立つこの村の人々 のユニークな暮らし様は余所では再現できないに違いない。ユニークな暮ら し様を残すために、この村には長く変わらずあってほしいものだ。 島の最高地点・大凸部(オオトンブ)から カルデラを見下ろす 外輪山の外側に広がる村内唯一の集落 13

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4. 海外の市街地を知る Traveling around the World 永野真義 助教 MASAYOSHI NAGANO 東京→アメリカ・ニューヨーク≪調査・打合せ≫→東京(7 泊 9 日) 未訪だった NY を踏破しておくべく 7 泊 9 日、他の都市には 行かず、マンハッタンを中心に歩き倒してみました。最新建築 のほか、ウォーターフロント開発、新しい形のパブリックスペー ス、アーバンファーミング、リノベーション事例を見学。また 数日は現地の知人と再会し、NY という街の楽しみ方を体感し てきました。 風が抜けるヤンキースタジアムの 3階席 桟橋をリノベーションした Pier15 過密都市マンハッタンの中心部には無数の小さなオープンスペースが展開されていますが、 ビルのアトリウムや通路も含め、とにかく "PUBLIC" と大きめに書かれているんですね。 さすがアメリカ人は主張が強いと思いつつ、実際以上に自分たちが使っていい空間がたくさ んある気がして嬉しくなります。 そして日本だとベンチに座ってペットボトルを飲んでしまいがちですが、自販機がほとんど 存在しない NY では、自然とカフェでテイクアウトして、お洒落なひとときを過ごすという スタイルが実現されます(日本の自販機は多すぎ?)。一方でセントラルパークや水辺沿い、 桟橋まわりにはまとまった公園がつくられていて、こちらはシートを広げたり音楽を掛けた り水着になったりと、公共空間の私有化が見事になされています。 実はメジャーリーグの試合を見にヤンキースタジアムを訪れたのですが、ここも娯楽施設と いうより公園のよう。寝てる人、本を読んでる人、喋ってばっかりの人。思わず私も居眠り しそうになりました。あ、ちゃんと田中マーくんのピッチングは応援してきましたよ。 児玉千絵(D3) CHIE KODAMA 東京→ブータン・パロ ≪文化的景観保全 WS 調査≫→ブータン・ティンプー≪調査成果発表、僧院タ ンゴの見学、マンション開発地視察などなど≫→東京(16 泊 17 日) 国土全体が文化的景観とも言うべきブータンで、その保全 に向けた国際ワークショップ(WS)に今年も参加してきま した。今回も全ての調査・発表を終えた後、恒例の1日エ クスカーションへ。例年は文化局の企画で寺院などの文化 施設を見学してきましたが、今年は公共事業省から WS に 参加していたプンツォ氏とその友人たちに案内をお願いし、 首都ティンプー郊外で棚田をアパート群に開発した地区計 画の敷地を見学しました。 水田からアパート群に 開発された首都郊外 第 1 回パネル会議の様子 ブータン WS も 3 年目。今年は地区レベルの保全計画を立てる A 班と、県レベルの広域計 画を立案する B 班に分かれ、全 2 回のパネル会議で各省庁・地方行政体の具体的連携策を 議論しました。私が参加した B 班では、同年代のブータン政府官僚と共に、押し寄せる開 発に対して如何に広大な文化的景観を維持・強化することができるか、調査をもとに発表し ました。開発が進む国で同い年の彼らが直面する壁やその仕事の影響力に触れ、ある種の羨 ましさを抱きながら、本当に必要な開発・支援の難しさを実感しました。 調査発表後、B 班で一緒だった公共事業省のプンツォ氏曰く、首都郊外に水田から開発され た地区があるとのこと。とても気になって、彼の友人の車で案内をお願いしました。昔の日 本もこうして少しずつ都市が広がっていったのかと感じさせる、できたてほやほやのアパー ト群。都市の必要性、自然 / 社会環境と都市の関係に思いを馳せつつ、身体スケールでの心 地よさが圧倒的に欠落した開発地にて、やはり都市デザインにしかできないことがあると再 認識したのでした。 14

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西川亮(D3) RYO NISHIKAWA 東京→ロンドン≪家族訪問≫スコットランド・インバネス≪観光≫→イギリス・アイアンブリッジ≪産 業遺産訪問≫→レッチワース≪田園都市訪問≫→東京(8 泊 9 日) 都市計画を専門としていれば知らない者はいないイギリス の小さな町。ここはロンドンの北、鉄道で 1 時間ほどの距 離にある。昨年から頻繁にイギリスを訪れる機会があった が、今回ようやく訪れることができた、First Garden City Letchworth。 駅から公園に至る道路。車道の中央に 歩行者道が設けられている。 公園からラウンドアバウトに 至るまでの並木道 降り立った駅の名は「Letchworth Garden City」。ガーデンシティの提唱から 100 年以 上が経った今でもレッチワースはガーデンシティの名を守っている。駅周辺には低層の商 業地域が面的に広がる。「Garden City Brewery」や「Garden City Craft」といった店 名の看板を見かける。ガーデンシティが都市のアイデンティティレベルにまで浸透してい るのだろう。商業地域を抜けると大きな公園に当たる。公園では子供連れ家族や地元の中 学生などがそれぞれの時間を過ごしていた。更にまっすぐ進み、公園を抜けると美しい並 木道が広がる。そしてその先にはイギリス最初のラウンドアバウト(アンウィンがパリの シャルルドゴール広場にヒントを得たと言う)。これらが 1 本の軸線上に配置され、レッチ ワースの中心軸を彩っているのだ。ラウンドアバウトから 10 分ほどの距離にある「The International Garden Cities Exhibition」も見逃せない。ここではガーデンシティのコ ンセプトやハワードの生涯などがコンパクトにまとめられていた。 そのほかハワードの名がついた「Howard Park and Garden」やいくつかの重要な建築 物を廻ってレッチワースを後にした。観光案内所で手に入れた、レッチワースのマスター プランが印刷されたテーブルクロスが良い土産になった。 宮下貴裕(D2) TAKAHIRO MIYASHITA 東京→ドイツ・ミュンヘン ≪中心部散策≫→レーゲンスブルク ≪旧市街散策≫→イタリア・ヴェネツィ ア ≪本島を散策≫→ヴェローナ ≪旧市街散策≫→東京(9 泊 10 日) 8 月にイタリアとドイツを訪れました。最も印象に残った 場所はヴェローナの旧市街にあるエルベ広場とそこにつな がるマッツィーニ通りでしたが、こちらは雑誌等で取り上 げられている場所なので、ここでは 2 度目となったヴェネ ツィアでの散策のときのことについて記したいと思います。 3 年前に訪れたときは春だったためそれほど観光客がおら ず「生活」が感じられたのですが、今回はあまりの人の多 さから全く違う印象を受けました。 小さな商店が 建ち並ぶ 「天国の道」 道の入口にマリア像の彫られた アーチが掲げられている 今回は陣内先生の著書『迷宮都市ヴェネツィアを歩く』で紹介されている街歩きルートを制 覇するというテーマを自分に課していましたが、人混みが苦手な私は 2 日目には早くも人 が溢れる表通り(といっても細街路ですが)を歩くのに疲れてしまいました。そんな中リア ルト橋のたもとから伸びるサリッザーダ通りを進むと、左手に小さなゲートを冠した通りが 現われました。「Calle del Paradiso(天国の道)」という名を持つこの通りについて、文 献で読んだ限りは華やかな商店街を思い描いていましたが、実際に来てみるとあまりにも ひっそりとしている。陽が差し込む中にむき出しの木の梁がずっと先まで続いている光景は 他では見たことのないものでした。しかし何が「天国」なのだろうと先に進むと、通りの終 わりにマリア像が彫られたアーチが現われました。そしてそこには小さな運河が流れ、橋の 階段に学生が座っておしゃべりをしている。なるほど、こちらが表だったのか。橋を渡った 道の入口で出迎えてくれるそのかわいらしいアーチは、まさに私たちを天国にいざなってい るようでした。 15

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