高知県立牧野植物園 創刊号 05

 
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海外植物調査研究のあゆみ15年 ミャンマー植物多様性調査研究(1)

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やまとぐさ 第 1 号:65 ︲ 81. 海外植物調査研究のあゆみ 15 年 ミャンマー植物多様性調査研究(1) 植物研究課  藤川 和美 はじめに ミャンマー連邦共和国(以下,ミャンマー)は植物多 様性が高いにも関わらず,アジアで植物多様性の解明が なされていない地域の一つである.この未知なるミャン マーの植物多様性を解明しようとする試みが 2000 年よ り牧野植物園で始められた.この当時,世界中の植物研 究者たちがミャンマーに注目して調査する機会を探って いたが,軍事政権下で鎖国状態が続いていたミャンマー では非常に困難であった.しかし,小山鐵夫園長(現: 名誉園長)は,国際的なネットワークを活用,また1年 に亘る粘り強いミャンマー政府との折衝により,ミャン マー林業省 (現:環境保全林業省) との共同研究プロジェ クトを発足させた.そして現在,牧野植物園が保有す (重複標本を除く. るミャンマー産腊葉標本は 25,600 点 また北から東部,西部と山脈が広がり,東部は高原台地, 西部はヒマラヤ山脈から南へとつづく丘陵が形成されて (ウィン マン いる.ミ ャンマーの森林被覆率は 47% であり ,植生では海岸線には広大なマングローブ林 (図 2012) 2) が広がり,国土の南では熱帯常緑樹林が,中央乾燥 が,中央乾燥地帯周縁 地帯では低木 (サバナ) 林 (図 3 ) は乾性落葉樹林と熱帯性の竹林,またはその混交林 (図 4 )となる.標高が上がり丘陵地や山地の中腹ではチー ク林やフタバガキ類を主要な構成要素とする乾性フタバ ,落葉樹林 (雨緑樹林) が,標高にともな ガキ林 (図 5) い移行帯に半常緑樹林が,徐々にカシやシイ類,クスノ となる.1500 m を超 キ科などからなる常緑樹林 (図 6) えると山地の尾根や乾燥する斜面ではところによっては マツ林が広がる.ヒマラヤ南縁部にあたるカチン州の高 標高域では常緑樹林帯を越えると,落葉広葉樹林 (夏緑 樹林) ,針葉樹林,森林限界を超えた高山帯では高山草 原となる.世界を植物相に従って区分けした植物区系区 では,大きな区分で南は旧熱帯植物区系界に,北は全北 植物区系界に属し,より細分された区系区では,主に東 南アジア区系と日華 (ヒマラヤ要素を含む) 区系,一部 がインド区系,マレー群島区系に属する.ミャンマーの に詳しいので参照されたい. 森林概要は大西 (2002) このようにミャンマーの自然概要は,緯度的な広がり, 高度差も大きいうえ,地形的にも多様であって,かつ 降水量も乾燥地帯では 1000 mm 以下,降水量が多いと (河瀬 2001) , ころでは 5000 mm を越す地域があるなど 生物学的に非常に興味深い地域で,多種多様な自然が見 られる国である.そして,世界的に注目されている生物 の宝庫であり,ミャンマー国土のほぼ全域はインド・ビ ルマホットスポットに該当し (CI ジャパン生物多様性 ホットスポット Conservation International: http://www. 2014 年度まで) にも及び, 近年に採集されたミャンマー 産植物標本数は世界一ともいわれている.そこで本稿で は,当園が進めてきた国際学術調査のあゆみ 15 年のな かの中核であるミャンマー連邦についてその自然概要を 解説し,調査記録とこれまでの成果としてナマタン国立 公園の自然概要を報告する. 1.何故ミャンマー植物多様性研究か? (1)ミャンマーの自然概要 ミャンマーは東南アジア西端に位置し,中国,イン ド,バングラディッシュ,タイ,ラオスと国境を接する. 国土面積は 676,578km ,日本の約 1.8 倍,海岸線延長 2 2,832km,インドシナ半島西側の北緯 10 度から 28 度 30 分,東経 92 度 10 分~100 度 10 分に位置する (ウィ (図 1 ) .海岸線はアンダマン海,マルタ ン マン 2012) バン湾,ベンガル湾に臨み,北はヒマラヤ山脈の南縁 に位置し,海抜では 0 ~ 5881m(最高峰カカボラジ山) の幅がある.気候帯では熱帯~高山帯,中央内陸部は雨 量が 1000 mm 以下の乾燥地帯となる.大河であるエー ヤワディ (イラワジ) 川が国土の中央を北から南に流れ ており河口付近ではデルタを形成し,中央部では平原を, conservation.org/global/japan/priority_areas/hotspots/ asia-pacific/Pages/Indo-Burma.aspx 2014, 10 Jan. 2015 閲覧) , 北東部は東南アジア大陸部における植物の多様性 . の中心として位置づけられている (Barthlott et al. 2005) 海外植物調査研究のあゆみ15年 65

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クバネソウ属 (Paris polyphylla) などが採取されている という.また当該地域は人口増加が著しく焼畑面積を拡 ,そのためこれまでの持続的な伝 大させており (図 8) 統的焼畑農業が,持続不可能な焼畑に替わりどんどんと 土地がやせ,休閑期が短いために森林が回復していない .バゴー地区では 2003 ~ 2006 年までの調 (安田 2012) 査で焼畑の休閑期は 9 ~ 12 年はあることが調査から確 ,森林が十分に回復し かめられているが (鈴木ら 2007) ているとは言い難い. ナマタン国立公園には民主化以降,その文化と自然を (2)自然環境を取り巻く現状 筆者がミャンマー野外調査に参加した 2004 年以降, 現実に目の当たりにした自然環境に関する問題は次のと おりである. ①人口増加・貨幣経済の導入による森林の伐採,焼畑面 積の増加,森林の農地化 ②植物資源の枯渇,高額に取引される林産資源の乱獲 ③天然林・半天然林のチーク,ゴム園等の有用木へ人工 林化 ④国立公園内の開発,近隣のリゾート開発 ミャンマー西部チン州ナマタン (ビクトリア山) 国立 より当園が受託 公園では,国際協力機構 (以下 JICA) をした草の根技術協力事業が 2006 年から始められた. 当該地域で薬用ランが大量に採取され闇で取引されてい る現状を憂い,乱獲される薬用ランを栽培化して増やし 現地の村人へ現金収入をもたらすこと,そのための人材 育成事業として実施した.薬用ランとくにセッコク類 が標的にされている (図 7) .そのほ (Dendrobium spp.) か,現地名でタウロンチョーと呼ばれるシュロソウ科ツ 楽しみに多くの外国人観光客が訪れるようになった.一 やトレッキン 方で国立公園内の林道の拡張舗装 (図 9) グルートの車道化,ホテルゾーンの建設などリゾート開 発が著しい.チン州へ行く道も民主化以前は雨季になれ ば通行できないほどの未舗装の山道で,その周辺はフタ バガキ林を主体とする天然の落葉樹林が広がっていたが, 2013 年には一面がチーク植林に変わっている地域が確 . 認された (図 10) 海外植物調査研究のあゆみ15年 67

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Ann. Makino Bot. Gard. のめしたのはこれらの事実であった.なお,2014 年 12 月シャン州西部での聞き取り調査から,この周辺地域で は 1990 年まで森林であった地域が,ゲリラの潜伏場所 になるために一斉に木々が伐採されたという. このような 方針によっても森林が減少した要因があると推測できる. これらの原因は複合的であるが,ミャンマーの森林破 が指摘する点は次 壊について国際熱帯木材機関 (ITTO) の通りである.森林を管轄している環境保全林業省林業 局の慢性的予算不足,非常に限られた民間セクターの関 与,訓練された人員の不足,効果的な参加プロセスの シ ャ ン 州 で は 森 林 の 農 地 化 が 進 み, 一 面 に 広がる 欠如などに加え,法執行の欠如,森林行政の地方分権 化の欠如などがその要因として挙げられている (ITTO/ C.P. コーン畑に目を疑った.C.P. コーンとは鶏のエサ 用 (飼料用トウモロコシ) で,コミュニティー・フォレ ストリーとして住民参加型で森林資源管理をしていた土 地までを地域住民自らが開拓し,このトウモロコシを植 .有用木チークの違法伐採も深刻化し えている (図 11) ている.北シャン州マンダレー~ラショーを経由し中国 国境に接する幹線道路では違法伐採したチークを運ぶ車 . 両が次々と摘発されていた (図 12) ミャンマーは豊かな自然が残されたラストフロンティ アという期待をもってミャンマーへ向かった筆者を打ち http://www.itto.int/ja/sfm_detail/id=12420000,10 Jan. . 2015 閲覧) (3)植物多様性研究の重要性 自然の概要に述べたように,ミャンマーは気候,地 形,地理的要因を反映して,多種多様な自然が見られ る国であり,植物の種類では,種子植物数 11,800 種 .しかしなが が記録されている (Kress et al. 2003) ら,インド植物誌,タイ国植物誌,中国植物誌,スリ ランカ植物誌,ネパール植物誌,ブータン植物誌,マ レシア (マレー群島区系)植物誌と近隣国の植物誌が 刊行またはその編纂過程にあるなか,それがなされて いないアジアの国の一つがミャンマーである.未だ基 礎的なフロラ研究さえもなされていない未知なる国な のである.また,ミャンマーは,ヒマラヤ回廊とイン ドシナより南の湿潤熱帯アジアで得られつつある南北 フロラの知見を結ぶ中間的な位置にあるため,その部 分の植物多様性の情報は,その周辺地域の既存の学術 的研究成果と相補的な重要性をもつと考えられている (田中 2010) .植物遺伝子資源の宝庫として着目されて は,農学的見地から いる点も見逃せない.河瀬 (2001) ミャンマーの植物多様性に着目し,アズキ亜属野生種の 種多様性中心であることを明らかにした.そして直接に 品種改良などの素材が得られることに加えて,今まで分 布が報告されていなかった地域で新たに 6 種の記載種 .このように,かな を見出している (農林水産省 2008) りの植物資源が世に知られないまま存在し,未開発植物 資源が未だ眠っている可能性が示唆される. 一方で急速に経済活動が活発化し開発行為が進んでお り,環境破壊は深刻な状況にある.植物資源として私た 68 やまとぐさ

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ちの将来に役立つ可能性を秘めた植物が,世に知られな いうちに個体数を減少,または絶滅する可能性もある. このような背景に加え,高知県立牧野植物園は,本来 の植物園として研究機能を有する世界に通用する植物園 を目指して 1999 年にリニューアルオープンし,ニュー ヨーク植物園アジア研究部長や日本大学資料館長などを 歴任した小山鐵夫氏を迎えた.世界に通用する植物園と なるには,学術的に価値がありかつ特色がある研究は欠 かせない.そこで,基幹研究の一つとして,ミャンマー において植物多様性保全の基礎となる調査研究を実施し, どこに,何が生えているのか採集調査して分類・整理し て植物相を明らかにする研究活動に取り組むことになっ た.そしてこれは,植物遺伝子資源や有用植物資源の保 全においても生育する種を明らかにすることは緊喫の課 題である.牧野植物園では,2000 年から基礎となる植 物多様性研究を開始し,2003 年以降に有用資源探査と その開発研究にも取り組み,継続した調査研究によって 徐々にではあるが成果が得られつつある. なお,ミャンマーでの野外調査立ち上げ時の困難さ等 および高知県立牧野植物園年報 の状況は,田中 (2010) (2001 – 2002)に詳 第1号 (1999 – 2000)および第2号 .参照されたい. しい (田中 2001,2003) 2.どれだけ調査をしてきたか 〜調査活動記録〜 (1)調査地と採集標本点数 環境保全林業省と当園が結んだ研究協定に基づきミャ ンマーで 2014 年度までに実施された各調査の地域,時 期,隊員と採集した標本数を表 1 にまとめた.主な調査 地は,マンダレー管区ポパ山公園とチン州ナマタン国立 .そのほかにもマンダレー管区ピン 公園である (図 1 ) ウーリン,サガイン管区アランドカタパ国立公園,カチ ン州フーコン河谷,シャン州ピンダヤなどで採集活動を 行った.日本からの調査派遣回数は 52 回,派遣した調 査チームが採集した標本数は 19,872 点となった.調査 回数には野外採取を主目的としていないセミナー・ワー クショップ開催時などに採集しているものも含んでい る.なお,国立公園レンジャーによる採集活動で 5,440 点が収集され,合計 25,312 点,国内外からの寄贈を含 め標本室に収蔵されているミャンマー産の腊葉標本数は 25,600 点である. 各国の標本室に収蔵されるミャンマー (田中 産腊葉標本は約 33,000 点とされていることから ,世界に現存するミャンマーの標本の約 77% を 2010) 所有していることになる. 調査参加者は,ミャンマー環境保全林業省ポパ山公園 職員,ナマタン国立公園職員や林業試験所職員などの 海外植物調査研究のあゆみ15年 69

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ミャンマー共同研究者およびレンジャーが 29 名,また 日本国内外の研究者および牧野植物園職員 65 名が参加 している.これらの調査で採集された標本に基づき,形 態変異の解析や DNA 分子情報を用いた研究などにより, . 多くの新産種や新分類群を解明している (田中 2010) (2)牧野植物園調査の特徴 当園の調査隊の特徴は,1 ) 薬学系研究者と合同調査 現地の職員 (研究者やレンジャー) 隊を組むこと,2 ) ミャンマーの隣国であり当 と協働で実施すること,3 ) 園と姉妹園であるタイクイーンシリキット植物園の分類 同じ地域に腰 研究者と合同チームを編成すること,4 ) 地域還元を踏まえた活動 を据えて調査をすること,5 ) を同時に並行して実施することなどである. 1 )薬学系研究者と合同調査隊を組むことは,当園の 課題である植物資源の発掘とその開発研究による高知県 およびミャンマーへの貢献を目的としている.野外調査 において化学分析用試料を同時に採集して持ち帰り,実 .ミャンマー産植物は① 験に供している (藤川ら 2009) 生薬資源として,②新素材資源としての可能性,③基礎 . 研究材料としての魅力を秘めている (松野・田中 2014) 2 )現地の職員と協働で実施することは,人材育成を目 的としていること,また地域の植物多様性を意識する人 材,つまり保護・保全の活動をする人材を育成すること にほかならない.表 1 に示したとおり,ポパ山公園で が,また はキンミョートゥエ氏 (Ms. Kin Myo Htwe) 海外植物調査研究のあゆみ15年 71

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Ann. Makino Bot. Gard. ナマタン国立公園ではティンミャソウ氏 (Mr. Tin Mya ,ホンマン氏 (Mr. Hone Mang) ,リンシェンマン Soe) ,ロウシェイン氏 (Mr. Law 氏 (Ms. Ling Shein Mang) 大木に着生するランを国立公園事務所内で生育域外保全 をするなど (図 15) ,採集調査活動を協働で進めてきた 意義はあったと考えている. Shine)などにより採集された標本が 5,440 点にも及ぶ .2007 年 5 月のナマタン国立公園の調査に参加 (図 13) した黒岩宣仁現園芸部長から,ミャンマーには図鑑がな いので同定が終わったら標本をスキャンした画像を渡し てあげたらどうかな?というアイデアがあがった.その 後,これを実行したところ採集に参加したレンジャーが 積極的に植物の名前を覚えるようになったこと,季節を 通じて彼ら自身が採集を開始した.加えてナマタン国立 公園に政府高官が来た時に活動成果として画像データ ファイルを提示すると感心するという. また, キンミョー トゥエ氏とホンマン氏はいずれもランの保護活動に熱心 であり, ティンミャソウ氏, リンシェンマン氏とロウシェ イン氏は,個体数が非常に少なくなったミャンマーに生 育するトチバニンジンの仲間 Panax pseudo-ginseng の 生育地で,国立公園内の道路拡張工事が始まった時に, 個体数の減少を防ぐために近い場所で工事が及ばない同 ,工事でなぎ倒された じ生育環境に移植したり (図 14) 3 )クイーンシリキット植物園との合同調査は,フロ ラ調査においてフロラが近似する地域の研究者と組むこ とで,ミャンマー植物相の解明のスピードアップが図ら れるからである. 4 )同じ地域に腰を据えて調査を継続することは,当園 の研究目的が植物相の解明であることから,季節を通じ また微地形を考慮しまんべんなく地域を調査・採集する ためである.その地域の植物の戸籍をつくるには,先に 述べた地域の協力者と網羅的な採集が必要である.ポ パ山の植物目録は,田中らにより 2006 年に出版され た当園の多様性解析の一つの成果である (Tanaka et al. . 2006) 5) 地域還元を踏まえた活動を同時に並行して実施する ことは,ミャンマー政府とくに調査対象としている地 域からの強い要望に答えた形である.生物多様性条約 は,①生物多様性の保全,②生物多様性の構成要素の持 続可能な利用,③遺伝資源の利用から生ずる利益の公 正かつ公平な配分を目的としている (環境省ホームペー ジ http://www.biodic.go.jp/biodiversity/about/treaty/ . about_treaty.html / 11 Jan. 2015 閲覧) (3)1年間の中断 表 1 の調査期間に着目すると,2010 年に調査隊が派 遣されなかった空白の一年がある.これはそれまで結ん でいた研究協定の期間が終了してから,次の研究協定を 結ぶまでに時間を要したことに因る.この当時ミャン マー政府は軍事政権下にあり,研究協定の共同研究期間 が終了してから再度,協定を結ぶためには政府の組織す る外交政策委員会を始めとする数々の委員会や部局の了 72 やまとぐさ

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解を取り付けていかねければならず,順調に進んでも早 くとも1年は係ると言われていた.この時期にミャン マー政府との折衝のために,小山鐵夫園長 (当時) はた びたび首都ネピドへ行き,ミャンマー政府および日本政 府の人的ネットワークを活用し,粘り強い交渉をおこ なった.また,現地ヤンゴンに在住する調整員のアウン の働きも大きかった. ディン氏 (Aung Din) 他方,牧野植物園の研究活動に対して協定を結んでい る環境保全林業省 (当時の林業省) から次の様なコメン トがあった.それらは,1 )標本だけ日本へ持っていっ て我々に何も利益にならない,2 )何をしているか報 告もないということであった.勿論,採集した標本の ファーストセットは現地に渡すなど研究協定に準じて調 査を行っていたが,国際協力の視点が不足していたから だろうか.国外での活動では,ミャンマー政府と交わし た研究協定および国際法の遵守は必然である.2011 年 以降,当園では植物多様性保全のための基礎調査とその ための人材育成,林産資源の持続的利用のため JICA 草 の根技術協力事業を再受託し,現地にも理解を促し協働 して結果を出していくという国際協力の立場で効果的に 進めるように努めた.特に,人材育成と地域への還元を 強化した.また,同定が終わったものは標本画像をス キャンして打ち出し,同定結果を速やかに現地へ報告, 活動報告書を半年に一度提出,調査活動の一環としてセ ,当園の活動 ミナーやワークショップを開催し (図 16) の成果を地域住民,環境保全林業省内職員へ広く周知す るように心がけている. , 業活動報告書 (Fujikawa et al. 2009,藤川・安田 2012) より 調査報告書 (Fujikawa et al. 2008b,2012,2014) 抜粋し,それ以降の調査活動を踏まえて成果をまとめる. そのほかの地域,マンダレー管区ポパ山公園,カチン州 フーコン河谷ほか,学術研究の成果は田中ら (Tanaka et および田中 (2010) を参照のこ al. 2006,Tanaka 2011) JICA 受託事業 2014 年以降の活動であるシャ と.また, . ン州の調査報告は本誌別報に記す (pp. 83 – 91) (1)ナマタン (ビクトリア山) 国立公園の概要 ミャンマー連邦中西部のチン州南部に位置するナマタ (英名:ビ ン国立公園は,ミャンマー第 3 峰のナマタン 3053mを有し,多種多様な生物および水資 クトリア山) 源の保全地域として,1997 年に国立公園に制定された .南はベンガル湾に北はヒマ (Oikos & BANCA 2011) ラヤ山脈に連なる南北に走るアラカン・ヨーマ褶曲山 脈にある 1500 ~ 2000 mのチン丘陵と呼ばれる地域で, アラカン ・ 国立公園の面積は約 722.6km2 である.なお, ヨーマ山脈は,古生代の砂岩や石灰岩を主とする褶曲山 . 脈である (Hadden 2008) チン州南部地域の中心となる大きな町はカンペレ町と ミンダット町で,ナマタン国立公園事務所はカンペレ町 .カンペレ町は現在人口が約 5,000 に位置する (図 17) 人 (1973 年約 500 人,2009 年約 3,500 人) で,標高約 1200 m,山の稜線に沿って発達している.町には規模 は小さいながら病院や学校,市場がある.ミャンマーに は大きく 8 部族があるが,チン州はチン民族が独自の 言葉・文化を持ち生活している.チン民族はチベットー バーメン系である.約 500 年前に中国の Kyin 王朝時代 に王の親戚らがミャンマーの中を移動して定着したとさ れている.その時代には Kyin 民族として呼ばれ,時代 が変わるとともに Chin となったとされている.南チン 3.どんなことがわかってきたか 〜チン州ナマタン国立 公園〜 2008 年に出版 ここでは, ナマタン国立公園について, したガイドブック (Fujikawa et al. 2008a) および JICA 事 海外植物調査研究のあゆみ15年 73

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Ann. Makino Bot. Gard. 州の女性は顔に入れ墨を入れる習慣があった.村の年長 の女性達が,14 から 15 歳になった村の女子の顔にすす と植物の葉を混ぜて針で入れる.入れ墨は村ごとにその 模様が異なる.このように入れ墨を入れることで,戦争 で自分の村の女性が捕まっても,識別できるようにする ためともいわれている.近年禁止されたが,今でも年配 . の女性にその習慣を見ることが出来る (図 18) る横断区に位置していることから,様々な動植物の氷 期におけるレッフュージア (避難場所) であったと推定 されている (Fujikawa et al. 2008a,Nauss et al. http:// umweltinformatik-marburg.de/projects/biodiversitytransect-studies-of-mt-victoria-natma-taung-national.また事実,バラ科 park-myanmar/12 Jan. 2015 閲覧) キジムシロ属の Potentilla montesvictoriae やツツジ科 ショ 白花の低木シャクナゲ Rhododendon burmanicum, ウガ科ロスコエア属 Roscoea austlaris,リンドウ科セ ンブリ属 Swertia burmanica など,固有種が報告されて いる. これまでに当該地域から採集された植物標本に基づき, 当園研究員が見出して発表した新知見は新種や新産種と して報告されている (Tanaka et al. 2010a, b, c; Yukawa & Tanaka 2010,Fujikawa & Shein Gay Ngai 2012, Watthana et al. 2015) .筆者はキク科トウヒレン属と近 の 縁のヒマライエラ属 (Himalaiella natmataungensis) 一新種を見出し,ナマタン国立公園長と協働で調査しこ れを記載した.未だ当該地域のみで確認されている固 有種であるが,ミャンマー全域で調査が実施されれば その分布の全容が明らかとなると考えられる.地理的 な分布で興味深かったのは,ミャンマー新産種として ナマタン国立公園へは,ミャンマーの中央,観光都市 で有名な古都バガンからジープに乗り約 140km,エー ヤワディ (イラワジ) 川を渡り約 6 時間の道のりである. (2)ナマタン国立公園の植物の特徴 ナマタン国立公園が位置するチン州には,約 2,500 種 ,一方でナマタ の種子植物が知られ (Kress et al. 2003) ン国立公園における推定種子植物種数は 3,000 種ともさ .これだけ多様な植物が何故生育 れている (Mill 1995) しているのだろうか?一つ目の理由は,狭い範囲に標高 差があること,垂直分布上,ナマタンの山のふもとが 約 450m で頂上が 3053m,標高の低い場所には東南ア ジア要素の熱帯~亜熱帯性の植物が生育し,標高の高い 場所には日華区系要素の温帯性植物が生育していること に因ると考えられている.また国立公園の西側はインド 要素の植物も生育する.言い換えると,標高差によって それぞれ異なった植物社会が形成されているからであ る.二つ目は,ナマタンの標高が高く,ほかの地域と隔 離されているため,例えれば島のような環境にあると いう理由である.地史的にヒマラヤ山脈南縁から伸び (3)ナマタン国立公園の植生 ①カンペレ町周辺海抜 800 〜 1800 m —焼畑地域— ナマタ ンの植生は, 国立公園の入口である標高約 1200 m の尾根筋にあるカンペレ町周辺では,アジア式伝統的焼 畑農業が営まれトウモロコシが栽培されている.従来は 自然と人間の暮らしが調和したものであった焼畑農業 報告したキク科ハンカイソウ Ligularia japonica である .当該地域の約 800m のフ (Fujikawa & Koyama 2008) タバガキ林から約 1600m のカシ林のやや明るい林床ま たは林縁に生育していた.インド,中国,朝鮮に分布す ることが報告されていたものである.日華区系要素植物 が当該地域で確認されるのは,先に述べたレフュージア であった可能性を示唆するものとなった.なお,ヒユ科 イノコヅチ属やリンドウ科センブリ属でも新産種が見出 されており,前者はタイ国に唯一分布が確認されている 種で,後者はヒマラヤ地域に分布している種である.こ のことは複数の植物区系区の要素が一つの山で観察され ることを示すものであるが,さらに当該地域の植生概要 を次で詳細に述べる. 74 やまとぐさ

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であったが (横山 2004) ,人口増加に伴う休耕期間の短 縮や焼畑面積の増加などから森林破壊が進んでいる (安 .そのため町周辺にはほとんど自然林が残って 田 2012) おらず,ツバキ科イジュ Schima wallichii やカバノキ科 ネパールハンノキ Alnus nepalensis などから構成される 二次林が拡がる.また,バラ科ヒマラヤザクラ Prunus (図 19) やドキニア属 Docynia indica,クス cerasoides ノキ科タイワンクロモジ Litsea cubeba,イラクサ科ヤ ナギイチゴ Debregeasia longifolia,アオイ科キディア 属 Kydia calycina,ツツジ科クライビオデンドロン属 oliveri,ナハキハギ属 Dendrolobium triangulare,トビ カズラ属 Mucna prurience, ふもとのソウ町の近くではオ オゴチョウ Caesalpinia pulcherrima,スオウ C. sappan, キ マ メ 属 Cajanus scarabaeoides, ギ ン ネ ム Leucaena Craibiodendron stellatum などもよく日が当たる路傍に 生育する.我々に馴染みの深いものでは林床にシソ科 タツナミソウ Scutellaria discolor が,高知県では高知 の改訂によって絶滅と 県レッドリスト (植物編) (2011) なったキク科ブクリョウサイ Dichrocephala integrifolia が道の至る所に生育する. leucocephala や オ ジ ギ ソ ウ Mimosa pudica が 観 察 さ れる.そのほか,シクンシ科モモタマナ属 Terminalia alata,コミカンソウ科ヤマヒハツ属 Antidesma acidum やコミカンソウ属 Phyllanthus columnaris,オトギリソ ウ科オハグロノキ属 Cratoxylum cochinchinense,シソ 科ムラサキシキブ属 Callicarpa arborea やアカネ科ミト ラギナ属 Mitragyna rotundifolia,ハルディナ属 Haldina cordifolia やハリザクロ属 Catunaregam tomentosa など, また多くのつる性の植物が生育しヒルガオ科オオバア サガオ属 Argyreia confusa や A. pierreana,アスピドプ テリス属 Aspidopterys hirsuta,ヤマノイモ科ヤマノイ モ属ダイショ Dioscorea alata や D. birmanica,ウリ科 サンゴジュスズメウリ属 Mukia sp.,オオスズメウリ属 Thladiantha sp. やカラスウリ属 Trichosanthes sp. など が見られ,これらの種の構成から東南アジア区系要素植 物が生育していることが分かる.また筆者がミャンマー で感動したのは,乾季に一斉に大形の葉を落としたフタ .高校時代に習った バガキ林やチーク林である (図 21) ②落葉樹林 (雨緑林)  海抜 450 〜 800m カンペレ町の尾根をくだりナマタンの山のふもと約 450 ~ 800m 地点は,高級建築材であるチーク Tectona grandis の植林 (図 20) やフ タバガキ科フ タバガキ属 Dipterocarpus tuberculatus を主体とする乾性フタバガキ林,またイ ネ科マチク属 Dendrocaramus からなる竹林が発達す る. 熱 帯 性 の マ メ 科 植 物 も 多 く, ジ ャ ケ ツ イ バラ属 Caesalpinia hymenocarpa,ツルサイカチ属 Dalbergia 海外植物調査研究のあゆみ15年 75

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Ann. Makino Bot. Gard. 〝雨緑林〟 :熱帯から亜熱帯の乾季・雨季がはっきり交代 するモンスーン地帯で,雨季に葉をつける落葉広葉樹で 構成される森林という意味を肌で感じた瞬間であった. ③カシヤマツ林 南向き斜面,尾根沿いの乾燥立地 海抜 1800 〜 2700 m ナマタンの標高が約 1800 ~ 2700mの地域,南斜面や 乾燥した尾根部には, マツ林が発達する (図 22) . このマツ は三葉からなるカシヤマツ Pinus kesiya である. 海抜 1000m 位からカシヤマツは姿を現すが,1500m 位から真っ 赤な花のツツジ科ヒマラヤシャクナゲ Rhododendron カバノキ科ネパー arboreum やネジキ Lyonia ovalifolia, ルハンノキ Alnus nepalensis などが混生して生え,マツ 林を形成するのは 1800m を越えた地点からである.カ シヤマツ林の林床では,雨季のはじめに薄紫のスミレ や 黄 色 の キ バ ナ ノ コ マ ツ メ Viola biflora や ピ ン ク と 白の縦縞が際だつ苞と黄色の花のショウガ科ウコン属 ることが出来る.ネジキやキバナノコマノツメのように 日本に生育しているものまたは温帯に分布の中心がある 種類が多くなる. ④常緑樹林 (照葉樹林) 海抜 2400 〜 2700 m この林の凹形斜面の適潤な立地では,ブナ科やクスノ キ科の高木種が多く混交する林が分布する.林高は 約 20 ~ 30m に達し,林冠は閉じブナ科マテバシイ属 Curcuma sp. などが一斉に開花をする.雨季にはいると (図 一面に紫色のグロッバ属 Globba wardii が開花する 23) .本種は,キングドンウォードにより調査がなされ ,当該地域で採集した標本に基 (Kingdon-Ward 1958) (Burtt & Smith) によ づき,1968 年にバートとスミス り記載された.近年まで固有種と考えられていたが,イ ンドのミゾラム州ブルーマウンテン国立公園より 2011 年に報告された (Singh & Kumar 2011) . また, ハナシュ Lithocarpus xylocarpus やクスノキ科タブノキ属 Machilus clarkeana などが生育する.下層にはヤブコウジ科タイ ミンタチバナ属 Myrsine semiserrata,ツバキ科ヒサカ キ属 Eurya sp., ハイ ノ キ科ハイ ノ キ属 Symplocos acuminata, ク ス ノ キ科シロダモ属 Neolitsea S. lucida, S. ramosissima, H. cf. ellipticum, H. クシャ属 Hedycium cf. densiflorum, spicatum やキキョウ科ツリガネニンジン属 Adenophora khasiana,ゴマノハグサ科シオガマギク属 Pedicularis rex,バラ科キジムシロ属の Potentilla lineata,マメ科 コマツナギ属の Indigofera dosua やキンポウゲ科イチ リンソウ属 Anemone rivularis などが群生する. カシヤマツ林では,日華区系要素の植物を多く観察す foliosa,クロモジ属 Lindera pulcherrima,ハマビワ属 ッ カ属 Sarcococca wallichii Litsea doshia やツゲ科サルココ などが生育する.草本層は暗く適順な立地に生育する多 年草や低木,高木の幼樹からなる植物に被われイノデ類 をはじめとするショウガ科の植物,トウダイグサ科バリ オスペルムム属 Baliospermum calycinum,キツネノマ ゴ科スズムシバナ属 Strobilantes spp.,湿ったところで はイラクサ科のカマバイニア属 Chamabainia cuspidata, ウワバミソウ属 Elatostema sp. ミズ属 Pilea sp. などが優 占し,高木層の樹木の幹や枝には着生の植物が豊富でツ ツジ科アガペテス属 Agapetes mannii,A. moorii,着生 ランのセロジネ属 Coelogyne corymbosa (図 24) やセッ コク属 Dendrobium longicornu などが観察される. 凹形南斜面では,ウバメガシによく似た高木になるブ 76 やまとぐさ

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ナ科コナラ属 Quercus semicarpifolia をはじめ Quercus ⑥草原 海抜 3000 m 頂上付近 ナマタンの頂上付近,海抜 2900 ~ 3000 mの尾根や 凸形斜面上部では,疎林にはならず,樹木は矮小化し低 木でまばらに生え,イネ科植物やほかの多年生草本と混 .積算温度,風,乾燥,土壌 生する草原となる (図 26) などの自然の要因に野火などの人為を加えた複合作用に よる山頂現象と考えられる.この頂上付近や尾根沿いの 草地には,乾季の終わりからお花畑が広がる.2 ~ 3 月 にはピンクから紫色のサクラソウ科ボンボリサクラソウ lanata,マテバシイ属 Lithocarpus xylocarpus やシイ属 Castanopsis tribuloides などのブナ科植物が優占する林を 形成する.低木層ではガマズミ属 Viburnum cylindricum, ニ シ キ ギ 科 ニ シ キ ギ 属 Euonymus tingens, ミ ズ キ 科 ミ ズ キ 属 Cornus oblonga や ヤ マ モ モ 科 ヤ マ モ モ 属 Myrica esclenta などがやや明るい林縁に生える.また, 林道沿いにはタデ科ツルソバ Polygonum chinensis や バラ科チダケサシ属 Astilbe rivularis,オトギリソウ科 オトギリソウ属 Hypericum henryi,マメ科ノササゲ属 Primula denticulata (図 27) が,5 月からは青紫と白花 のキンポウゲ科イチリンソウ属 Anemone obtusiloba と この地域にのみ分布する固有種もあって,それらはバラ 科キジムシロ属 Potentilla montesvictoriae,ショウガ科 ロスコエア属 Roscoea australis などである。7 ~ 8 月に はタデ科チシマミチヤナギ属 Koenigia delicatulai や岩 場にはベンケイ ソウ科イ ワベンケイ属 Rhodiola ovatisepala, ン ドウ科リ ン ドウ属 Gentiana 11 月からは透き通った青色のリ (図 28) . sino-ornata が一面に咲き乱れる 標高約 3000mのナマタン頂上からの眺めは格別で, 遠く連なる山々と眼下に広がる照葉樹林が見事である. Dumasia villosa,シュテリア属 Shuteria vestita,アカ バナ科アカバナ属 Epilobium brevifolium やミズタマソ ウ属 Circaea alpina などが観察される. ⑤シャクナゲ・カシ林 海抜 2700 m 〜頂上 海抜 2700m 以上の南斜面ではカシヤマツの生育がな くなり,ブナ科コナラ属 Quercus semicarpifolia とツ ツ ジ 科 ツ ツ ジ 属 Rhododendron arboreum が 優 占 す る .明るい林床や草原にはタデ科イ 疎林となる (図 25) ブキトラノオ属 Bistorta yunnanensis やキク科ヤマハ ハコ属 Anaphalis busua やヒマライエラ属 Himalaiella natmataungensis,ネギ科ネギ属 Allium wallichiii やセ リ科ミシマサイコ属 Bupleurum candollei も生育してい る.また,林縁にはタデ科シャクチリソバ Fagopyrum dibotrys や花弁が反り返るフウロソウ科フウロソウ属 Geranium refractum などが生育する. 小低木ではバラ科 バ ラ 属 Rosa sericea や シ ャ リ ント ウ 属 Cotoneaster マメ科ピプタ ン ツス属 Piptanthus nepalensis, microphyllus, スイカズラ科レステリア属 Leycesteria formosa やアカ ネ科シチョウゲ属 Leptodermis griffithii などが生育する. 海外植物調査研究のあゆみ15年 77

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Ann. Makino Bot. Gard. 専門家と手を組み進めている.2015 年 12 月末までに 同定が完了したものは 10,987 点である.計画では 2015 年 12 月に初稿を締め切り,その後編集に入る.目録に は学名,原記載の引用,シノニムリストを付け,証拠標 ミャ 本を引用する.特記事項は Note に記す.もっとも, ンマーの植物について出版された資料は限られ,種を同 定するために参考となる文献は近隣諸国の植物誌やモノ グラフ研究などであり,比較標本も限られている.日 本では牧野富太郎が牧野植物図鑑を出版したのが 1940 年,継いで大井次三郎が日本植物誌を 1953 年に刊行し た.ミャンマーにおいては未だ図鑑,検索表,記載をと もなった植物誌が出版されていない.従って,当該地域 から採集された標本を分類・同定することは容易ではな い.しかし,アジアにおけるラストフロンティアである ミャンマー植物誌の編纂に向けた研究活動は,アジアの 植物学の発展に大いに寄与するものであり,日本の植物 学に貢献した牧野富太郎博士の業績を顕彰する植物園と しての役割の一つであると考えられる. ャンマー植物多様性解析国際共同体〜 5.新たな展開 〜ミ 今以て植物誌が出版されていないミャンマーの植物誌 の編纂を目標とした「ミャンマー植物誌コンソーシアム (国際共同体) 」が 2013 年 3 月 29 日にヤンゴンで発足 なお,ナマタン国立公園周辺では乾季の終わりの 3 月 頃と雨季の終わりの 11 月頃に狩猟や焼き畑を目的とし た火入れのため,たまたまその火が森林に移る場合があ る.この森林に移動した火の入り方によって,場所によ りさまざまな森林の再生段階が見られる.草地が広がっ たり,遷移が進んだ森林であったりする.火が長期間に わたり入っていない場所にはササが見られたことから, 人為的な火入れが無い場合には,ササが繁茂する可能性 が高いと推定される.これまでのチン族の人々の森林の 利用から考えて,ナマタン国立公園の自然はある程度人 為的なミャンマー山岳民族の里山であるように筆者は考 えている. 4.研究成果の発信 〜ナマタンの植物目録 (Taxonomic Enumeration of Natma Taung) 〜 基幹研究の成果としてナマタン国立公園の植物目録を .これは小山園長 (当時) の呼びかけにより, した (図 29) 当園とミャンマー環境保全林業省,米国スミソニアン学 術協会,タイ国クイーンシリキット植物園,シンガポー ル植物園,中国科学院昆明植物研究所から代表者が集い, 当園がこれまで実施してきた植物調査を拡大・充実して, ミャンマー全域で調査活動をおこなって植物誌の編纂に 持ち込もうとするものである.ヤンゴンでは,小山園長 が基礎研究である植物誌編纂の重要性を述べ,コンソー シアムの目的を参加機関が確認し,その計画について協 議,設立趣意書に調印した. 2013 年 12 月にタイ国バンコクで第二回目の会議が 行われ,この協議では英国エジンバラ植物園も創設メン バー機関となることが決定された.またコンソーシアム の運営については,本来であればミャンマーに事務局を 設置して運営したいが,組織体制が十分機能するまでの 間,リーダー機関として事務局を当園に,またその事務 局長を小山園長に依頼したいとの提案があり,これが承 認された. 翌年の 2014 年 2 ~ 3 月にかけては,コンソーシアム 2016 年度に出版することを目標とし,これまでに採集 された 15,695 点の当該地域採集標本の同定を,47 名の 78 やまとぐさ

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創設機関から研究者が参加した合同調査隊が編成され, ナマタン国立公園北部マトピ地域を中心とする野外調査 .この地域で大規模な野外調査が が実施された (図 30) 実施されたのは,初めてのことである.この調査によっ (重複標本を除く) が採集され,また て 1,033 点の標本 ミャンマー植物誌編纂事業に DNA バーコーディングを 用いることを視野にいれ,DNA 分析試料を同時に採取 した. 年 1 月からはミャンマー環境保全林業省がおこなうこ となどが決定した.当園からは現在進めているナマタン 国立公園の植物目録へ向けた協力を各機関に呼びかけた. 6.まとめ 国際植物調査研究のあゆみ 15 年として基幹研究の一 つミャンマー植物多様性研究について,ミャンマーの自 然環境の概要および当園の進めてきた調査活動とナマタ ン国立公園の自然概要について述べた.ミャンマーの植 物誌編纂が終わるのは 100 年後だと言われることがあ る.それは未だミャンマー人植物分類学者の数が少ない こと,全域での調査活動がなされておらず腊葉標本数が 限られているからである.一方で,民主化によって急速 な開発行為も進んでおり,自然環境保全の基礎資料とな 2014 年 9 月にはシンガポール植物園において第 3 回 会議がおこなわれた.この会議では,先に実施された調 査報告をはじめ,植物誌編纂に向けた組織運営や事務局 運営,ミャンマー全域で調査を進めるための今後の計画 同じ目的をもって集まった国際的 などが協議され,1 ) な団体として位置づけること,2 )事務局運営を 2015 海外植物調査研究のあゆみ15年 79

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