高知県立牧野植物園研究報告 創刊号 03

 
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牧野富太郎記念館の造園19年間の記憶 計画・工事・育成管理

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やまとぐさ 第 1 号:17 ︲ 35. 牧野富太郎記念館の造園 19 年間の記憶 ~計画・工事・育成管理~ 園芸部 黒岩 宣仁 はじめに 牧野植物園の現在の北園,牧野富太郎記念館の周辺園 地が造られて 17 年が経過した.土佐の植物生態園など では樹木が旺盛に成長するようになり,設計当初に描い ていた高知県の模式的な植物群落の階層構造が完成しつ つある.また,鳥瞰的に園地をみると,造成工事当時は 重機で果樹園や樹林を切り開いたため,赤土が露出し人 為圧の大きさを強く実感する景観となっていたが,今で は建築と緑が調和した緑豊かな自然空間へと変貌した. そうした成果が認められて完成から 7 年後の 2007 年に は,植物園地内における博物館新築に伴う造園計画が, 日本土木学会デザイン賞最優秀賞に選出されるなど全国 的な評価を得た. ところで,植物園のような公共性の高い施設において, 一人の技術者が長年にわたって園地の設計施工から後の 維持管理までに携われる例は多くはないであろう.しか し筆者は幸運にもその機会を得ることができた.現在, 当時の詳細な記録を保有しているわけではないが,その 経験を持つ技術者として,過去の資料と当時の記憶を元 にそれらをとりまとめておくことの必要性を感じている. ここでは,はじめに植物園が位置する五台山の自然環 境の概要について解説し,次に計画,工事,育成管理の 3つの時期に分けて,どのようにして現在の北園が造ら れたかを説明して,その際に発生した課題やそれにどの ように対応したかについて論述する.さらにその後の植 栽の変化について考察する. 1.五台山の自然環境 五台山は古くは浦戸湾に浮かぶ島であったが,海底の 隆起や河川からの沖積,干拓などにより陸地となった丘 陵地である.地形は東西に長く,最高地点 144.7 mは西 部にあり,それから東に向かって尾根は緩やかに低下し ている.尾根部に一部緩傾斜地が分布する.概ね南斜面 が緩やかで北斜面は急峻である.地質は主にペルム紀 中期の秩父帯虚空蔵山層のチャート (硅質岩) からなり, 土壌は礫が多く混じる赤色~赤黄色土で,その地表には 露岩が多くみられる.年平均気温は 16.7 ℃,年最低温 度は -6.1 ℃,年最高温度は 38.3 ℃である.11 ~ 3 月に は北~北西方向にかけて冬季の季節風がある.年間降水 量は 2600 mm と多く,温量指数は 134.9 で,植生はヤ ブクラス域にあたり,潜在自然植生は大半がミミズバ イ - スダジイ群集に相当する.南西部の斜面にその残存 自然林が現存している.現存植生は,西部の南斜面を中 心にコジイ,タブノキ,クスノキなどを主体とする常緑 広葉樹二次林が広く分布し,ヤブツバキ,カンザブロウ ノキ,シロバイ,ミミズバイ,バクチノキ,ヤマモガシ, ビロードムラサキなど暖地性の樹木が下層に多く見られ, 四国では稀少なウチワホングウシダが分布するなどシダ 植物も豊富である.また,尾根部の乾性立地にはヤマモ モ,アカマツ,アセビ,オンツツジなどが多く,その一 部は五台山公園の中にあって園地として管理されている. また,東部の谷部を中心にモウソウチクの竹林が広が り,北向きの緩傾斜地を中心にスモモ,温州ミカンなど の果樹園が広く見られ,その境界は防風林としてスギが 植えられている.また,竹林寺周辺にはヒノキの人工林 も点在している.温暖な気候と豊かな植生や植物相に加 え,起伏に富んだ地形を反映して湧水地が多く,さらに 西は浦戸湾,北は絶海池,南は下田川という水域に囲ま れ,野鳥や昆虫などの動物の種類も豊富である. 新たな植物園の開発エリアは,五台山の山頂から 東北東に伸びる尾根上の北向き頂部緩斜面,標高約 70-120m にあり,開発前の園地の植生はスモモや温州 ミカンなどの果樹園が大部分を占め,畑の境界部にはス ギの防風林があり,一部には常緑広葉樹二次林が含まれ ていた.二次林はクスノキが優占しツブラジイやハゼノ キが混交する林で,概ね高知県低地部の海岸近くに広く 分布する二次林であった. 2.計画 新しい植物園の整備計画は,筆者の着任前の平成 4 牧野富太郎記念館の造園19年間の記憶 17

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Ann. Makino Bot. Gard. 年の基礎調査から始まり,高知県は高知市内の造園コン サルタンツの石井空間研究所に委託して基礎調査と基本 構想をとりまとめた.この時の規模はほぼ五台山全体を 植物園とする壮大な構想であった.その後平成 5 年に (株) パスコに委託して現在の用地規模での運営や施設な どを含める総合的な基本構想「牧野植物園園地拡張整備 構想」をとりまとめた.また,植物園園地全体 18.3ha のその後の具体的な計画は,シンガポール植物園の設計 に携わってきたランドスケープアーキテクトの稲田純一 氏に依頼,ほぼ同時期に牧野富太郎記念館の建築設計を 内藤廣建築設計事務所に委託した.現在の園地の基本は, 「五台山の自然環境との調和」という当初の基本構想に 応えるかたちで,稲田氏による園地の基本計画 (図 1 ) と内藤廣氏の建築設計によって造られた.その後の実施 設計では,高知県内の (株) 第一コンサルタントに造成設 計を,高知県建設技術公社に造園設計を委託し,この 2 社が高知県文化環境アドバイザーとして携わる稲田氏の 指導を受けながら図面を完成させた.筆者はこの造園実 施設計検討中の平成 8 年 12 月に着任した. 上述の事業を進めるに当たって,県は牧野植物園を主 管する自然保護課に牧野整備班を置いて,植物園やその 他関係者と協議を重ねた.また,方向性や重要事項につ いては牧野博士の直弟子でニューヨーク植物園のアジア 部長を務めた小山鐵夫博士に総合アドバイザーを依頼, 意見を求めながら事業を進めた. (1)理念と構想 平成 5 年の基本構想でのコンセプトは「牧野富太郎 を顕彰し,長期的展望,地球環境的視座に立った時代を リードする牧野植物文化交流園」とされ,その方向性と して以下の 5 つが示されている. ①人と自然との関係を大切にした安らぎと憩いの場とする. ②牧野博士の顕彰にふさわしい機能・施設構成. ③五台山や高知県の自然や歴史を基調とした環境形成を 図り,郷土理解の場とする. ④環境時代の情報発信基地として,未来に向けて積極的 展開が可能なものとする. ⑤地域との連携を強め,全体として環境の充実・発展を 図る. 上記の 5 つの方向性に沿って事業が進められ,園地 計画や建築設計に反映されて,五台山の自然や歴史を大 切にした整備が図られた. (2)実施設計 造園の実施設計は稲田氏の全体計画を踏襲しつつ,同 時進行中の建築設計との調整を図りながら検討が進めら れた.実施設計検討中の終盤になってから筆者は着任し たが,植栽計画についてより充実した設計になるよう自 案をまとめ植物園内の承認も得て県に提案し,その案が 採用された. 植栽設計にあたっての基本的考え方は次の 5 つである. ①牧野博士が命名した植物やゆかりの植物を可能な限り 収集植栽する. ②植物と人間との関わりを考える場として薬用植物など の有用植物を収集して植物文化を学べる植栽とする. ③種の保存や研究に活用できる来歴の明確な個体を導入 する. ④自然環境の理解に役立つ生態的な配植とする. ⑤五台山の自然と歴史と調和した季節感のある植栽と する. 18 やまとぐさ

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(3)植栽区の設定 敷地全体が植物園であるとの認識を根底に置き,造園 空間のみならず建築空間をも含めた全体を通じて,来園 者の感性の高ぶりや安らぎを導くような効果的な空間形 成を目指した.また,ランドスケープの思想を基調に自 然環境との調和を図り,全体を総合的な視点で捉えつつ, それぞれのゾーンの役割にあった造園空間を目指し,さ らに植栽テ-マを明確に打ち出し,展示内容の理解が容 易で効果的な配植を心がけるように努めた.各ゾーンは 次のとおり. ● 駐車場 駐車場に入った瞬間から植物園の空気を実感できて, 期待感が助長されるようにというコンセプトは基本設計 の段階から提案されていた.駐車スペースを確保しなが らも植栽面積が広く確保出来るよう工夫した.駐車場の 設計は第一コンサルタンツの野村拓治氏が担当し,植栽 は植物園職員である筆者が決めた.美観と機能だけで設 計する公園のようにならないようある程度収集する植物 を決めることにして,法面はコナラ,クヌギなどの落葉 ナラ類とし,平坦地にはカシ類を植栽することにして日 本で見られるドングリの実る主要な種類を網羅するよう にした.また,駐車スペースは四方に十分に枝を張って 緑陰を造れる落葉樹としてイイギリとホオノキを選んだ. 可能な限り人工的なコンクリート製品を使わず,駐車ス ペースにも枕木や芝生を使った. ● 土佐の植物生態園(牧野富太郎記念館本館前庭) 本館のアプローチである前庭は,筆者の着任前から牧 野博士を育んだ土佐の植物を植栽することになっていて, 小山総合アドバイザーからは, 「どこか日本的で格式も ある記念館の玄関にふさわしい空間に」との助言があっ た.筆者は現状の設計ではケヤキ,ウラジロガシなどが 単調に植栽されているので,土佐の植物をもっとリアル に再現する方が良いと考え,深山から海岸までの高知県 の植物を植物群落も再現して,模式的に見せる方法が良 いのではと考えた.ただし当初は,前庭を生態園にする という発想はなくて,伝統的な日本庭園は自然を抽象化, 縮小化してみせるが,近年では,都市を中心に自然その ものを模写した「雑木の庭」が好まれる傾向にある.日 本庭園にある「雑木の庭」の技法で植物群落を再現した 庭を造れば,日本的で格式もあって教育普及的にも役立 つ園地になるのではと考えていた.さらに,牧野植物園 の園地の歴史やその原型を築いた山脇哲臣元園長の書い た文章などを読むに至って次第に考え方が固まっていっ た.山脇氏は日本植物園協会誌に,牧野植物園のはじめ の園地 (南園) を造るにあたって, 「理学博士である牧野 博士を顕彰するために,入園者に人気があるフラワー パーク的なものではなく,周囲から理解を得ることに多 少の苦労はあっても博士と関わりの深い野生植物を収集 した正攻法の園地を造ることや,珍しい外国の植物を植 えて県民に見せる方法もあるが,むしろ県内の植物や関 連する西南日本の植物を集めて海外の方が来た時に驚く ような見応えのある園地をと考えた」という主旨の論文 を書いており,筆者はその気概に応えたいと考えた. 前庭の植栽植物を設計するにあたって, 『高知県の や 『日本植生誌四国』 (宮脇 植生と植物相』 (山中 1978) などの植生調査データを参考に,実際に高知の海 1982) 岸や河川,山地などを踏査して県内の植生についての情 報を収集した.そして,高知県の植生を山地=冷温帯 ,低山=推移帯(標高 1000-500 m) , (標高 1000 m以上) ,海岸に分けて,さら 丘陵=暖温帯 (標高 500m 以下) にそれを乾性立地,適潤立地,流水辺の生育立地に分け, 高木,低木,林床植物の 3 階層の植物をリストアップ した.その際,海岸に近い丘陵地の暖温帯下部にあたる この五台山で標高 1000 m以上に生育する冷温帯の植物 が育つだろうかという不安があった.そこでアケボノツ ツジやダケカンバなどこれまでの経験で五台山では育た ないと考えられる植物を除外した. ゾーニングは四国山地の山々から入って黒潮の打ち寄 せる足摺や室戸の海岸までの植物群落を区画に分けて再 現して園路沿いに気軽に見ていただけるように配慮した. 山地の乾性立地はコウヤマキ,ヒメコマツなどを主体 とする針葉樹林に,適潤立地はミズメ,ブナ,ヒメシャ ラなどを主体とする夏緑広葉樹林,流水辺はカツラ,サ ワグルミなどの渓畔林の構成種をというように植栽する 植物を決めた. 低山はウラジロガシ,ツクバネガシの常緑カシ類に針 葉樹のモミや夏緑広葉樹のイヌシデなどが混交する針広 混交林とした.また,流水辺にはキシツツジやカワラハ ンノキ,イロハモミジ,ホソバタブ,ノグルミなどを考 え,イワカンスゲ,トサノギボウシ,ナルコスゲ,アワ モリショウマなど河川の岩壁に生える多年生草本の植栽 も計画した.丘陵はツブラジイやタブノキの優占する暖 牧野富太郎記念館の造園19年間の記憶 19

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Ann. Makino Bot. Gard. 温帯常緑広葉樹林の構成種を中心に計画した.また,小 面積ながら蛇紋岩地帯や夏緑広葉樹二次林,アカマツ林 などのエリアも想定して,コナラ,ナラガシワなどの植 栽を計画.海岸エリアは,海岸林,海岸風衝低木林,海 岸砂丘植生などを想定した.特にこのエリアにはアコウ, ホルトノキ,バクチノキ,リュウビンタイなど,室戸や 足摺など黒潮の打ち寄せる南国土佐を印象づける暖地性 植物を数多く収集する計画を立てた. このような植生区の設定と樹木の植栽で庭 (植物群落) の骨格を造り,その中で生育すると想定される低木や草 本を長い年月をかけて収集植栽する計画であった.そし て,正門入り口から本館が見える曲がり角のところまで は,緑のトンネルの中を通り,そこから急に視界が開け て海岸のエリアに到着して本物の四国山地や本館が見え てくることを想定した.また,来園者の植物の知識レベ ルに応じて見え方が違う庭になることを理想とした.す なわち,植物が分からない人には,自然を模した美しい 庭園に見え,植物をよく知る人には,その中に存在する 高知県の植物の珍しさや種類の多さに気づいてもらい, 環境保全や植物群落を学ぶ人には牧野植物園の自然再生 の試みを感じてもらいたいと考えた. 一方,地形や石組みに関しては,アドバイザーとして 事業に係わっていた稲田氏に筆者が考えた図面や模型を 見ていただき, 「箱庭にならないよう庭園的な石組みで はなく尾根と谷が連続する自然地形を理解して岩を使っ て地脈を表現するように,そして,その地形と岩で微気 候をつくり出し,それにあった植物を配植するように」 とのアドバイスを受けた.今考えると大変重要な指摘を いただいたと思えるが,当時の筆者には理解が難しくて, 正直なところ随分後になってアドバイスの重要性に気づ くことになった.また,正門からの園路についてもデザ インや仕様について随分悩んだが結果的に建築との関連 性が高いことから内藤設計の提案を採用することにした. ● 牧野富太郎記念館本館中庭 吹き抜けになっていてウッドデッキの広場から見下ろ すか,図書室から見ることができるが,場所的にどこの 方向から見てもよく見えないといけない.普通に樹木を 植栽すると眺める方向が定まってしまうので竹林にする 方法が最良だろうと考えた.幸い牧野博士が台湾で採集 して後の学者が牧野博士に学名を献名したタイワンマダ ケがあり,この竹がとても美しいタケだと分かって設計 に採用した.その林床にはコヤブランやキチジョウソウ, シャガなどの植栽を計画した. ● 本館和室前 本館の東の隅には,結網庵という茶室と茶庭も計画さ れていた.しかし,当初の計画では窓の前が空調用の吹 き抜けになっていたため,建築側と協議して,吹き抜け 部分を半分に減らしてもらい,人工地盤上に茶庭を造る ことにした.この部分の植栽は面積も限られていたため に,ツツジ,サクラなど夏緑広葉樹林の明るい林に育つ 植物を集めようと計画した.コンクリートの建築壁面を 隠し,下を通る園路と茶庭を調和させる石積みをどのよ うにするか随分と悩んで内藤設計と何度も協議した.そ の結果,人工的な石積みよりも自然に見えるように,大 きな石を組み合わせて植栽スペースを確保しながら一つ の岩山に見えるような崩れ積みに決めた. ● 展示館前庭と中庭 展示館内の牧野博士の生涯の展示と一体となって牧野 博士の業績を生きた植物で表現する目的で植栽設計を 行った.これまで牧野植物園には植栽されていなかった ユクノキとフジキ,ハナノキなど新たな牧野博士命名の 樹木も加えながら,出来るだけ多くの種類を設計に入れ ようと考えた.しかし,限られた命名植物で建築との調 和も意識して庭としての美観も考えながら設計するのは 難しくて苦心した.トサウラクなど園路建設に伴って旧 園地から移植される樹木も設計に入れる必要があった. 展示館前庭は落ち着いた雰囲気になるようケヤキ,ユ クノキ,ハナガガシなどの大きくなる樹木を計画した. また,スエコザサをはじめササ類を効果的に地被に使う ことで,山に分け入ったかのようなよりいっそう落ちつ いた空間に仕上げることができると考えた.中庭は牧野 博士ゆかりの植物のエドヒガン,カンザクラ,ハナノキ, ヨコグラノキ,オオヤマザクラなどの夏緑高木の配植を はじめに決定し,トサウラク,セイシカ,キンギョツバ キなどの常緑樹は建築物の遮蔽機能を重視して配植した. まずは植栽の骨格となる高木を植栽しておいて,徐々に 博士ゆかりの植物を収集植栽しようと考えた. ● 展示館周辺と芝生広場 展示館の東側には建物を取り囲むように屋根と一体と なった土手が造られることになっていたが,この部分は 20 やまとぐさ

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五台山の下の平野部 (高須地区) から建物の屋根が少し だけ見えるように緑で被いたいという建築側からの要望 があった.そこで,南側から北側に向かって勾配がつい た屋根に合わせて樹高が下がっていくよう成長速度の異 なる常緑樹を選択し,タブノキ,カゴノキなどの高木種 からマルバニッケイやハマビワなどの海岸性の成長の緩 慢な低木種へと変化をつけた. 芝生広場からは高知県の東部の山地や平野が一望でき る.そこで,開放的な空間を保てるようアキニレと紅葉 と樹皮が美しいシマサルスベリを植栽するのみに留めた. また,その東側の法面には,牧野博士の命名したサクラ とミツバツツジ類が同時期に咲きほこるように植栽し, その下層はキキョウ,オミナエシなど秋の七草が咲く里 山の二次草原を再現しようと考えた. ● 薬用植物植栽区 当初から本草学から西洋の近代植物分類学への転換期 に活躍した牧野博士を顕彰する施設として薬用植物を植 栽するという考えがあった.本区画については筆者の着 任以前から京都薬科大学付属薬用植物園の後藤勝実氏の 協力により,植栽収集の方向性が決められていた.その 方向性は,1)漢薬基原植物,2)高知県民間薬基原植 物,3)薬用関連植物などであり,後藤氏と当園職員に よって,タチバナの自生地調査や日曜市を中心に高知県 の民間伝承薬の収集も行われた.当初,植栽地は展示館 芝生広場の西側を考えていたが,浄化槽ができて十分な スペースがとれないことが分かり,東側の法面下部の凹 形地にした. 植栽設計については後藤氏から直接アドバイスを受け た.多くの助言の中で設計時に特に役立ったのが,種類 の同じ樹木を複数まとめて植える方法で,これにより植 栽時にある程度のボリュームが確保できる上に,成長し た際には株立ちの樹木に見えるということから,この方 法で樹木の植栽設計を行った. (4)植物収集計画 牧野富太郎記念館の周辺に植栽する植物の収集は職員 の稲垣典年氏によってある程度進められていて,すでに 県内の造園業者に委託し苗木が栽培されていた.また, 元県職員の安並修氏がボランティアでスエコザサなどを 増殖育成していて設計に使ってほしいとの要望があった. 薬用樹木についても先に述べた京都薬科大学付属薬用植 物園から,トチュウやサンシュユ,カンレンボクなど数 種類を分譲していただいており,現在の長江圃場で育成 していた.筆者が着任してから収集した植物を含めて入 手先としては以下のとおりに分けられる. ①牧野植物園での育成及び園地内移植 ②牧野植物園が外部に委託して種子から育成した樹木 ③植物園協力者からの寄贈 ④山林からの移植  四国森林管理署 本山町,安芸市  個人所有山林 旧大野見村  土佐市神社 ⑤造園工事業者から購入 ④の山林からの移植にいては,四国森林管理局等の許 可を得て,施工の一年前に林道沿いの樹木を選定して目 印をつけ,林道の脇に仮植して発根を待ってから植栽す る計画を立てた.また,土佐市の神社に自生が知られる 稀少なハナガガシも,地元の協力により下生えで育った 若木を移植させていただいた.⑤の造園業者からの購入 については工事を受託した業者に樹木の来歴を明らかに することを条件として加え,さらに間違った種類が導入 されることのないよう,搬入前に枝葉をあらかじめ植物 園に送って確認を受けるよう指示した.なお,材料検査 として産地に出張して搬入前に検査を行った.造園業者 が見つけられない流通していない樹木については植物園 関係者に協力を依頼して探していただいた.例えば本館 中庭に計画したタイワンマダケは京都大学農学部,京都 洛西竹林公園,富士竹類植物園の 3 ヶ所から導入,ア コウは沖縄海洋博記念都市緑化植物園の協力で沖縄の業 者から購入,コンテナーに載せて海路を運び導入した. 植物の収集に関しては十分に注意したが,サクラの品 種,サラサレンゲ,ソトベニハクモクレン,ヒメコブシ, アケボノアセビなどは牧野博士が命名した時と同じものか どうか確かめる方法が分からず確証のないまま導入せざ るを得なかった. また, ヤマモミジを造園業者はイロハモミ ジと区別していないことが分かったので日本海側の多雪地 帯から導入するよう指示して山形産の個体を導入したが, 結果的にオオモミジと区別がつかない個体が導入された. 3.工事 工事は既存樹木の移植,造成,建築工事,造園工事の 順で進められた. 牧野富太郎記念館の造園19年間の記憶 21

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Ann. Makino Bot. Gard. (1)造成工事 既存樹木の移植は,平成9年2月から始まり,クスノ キ,カゴノキ,エノキ,ハゼノキなど,現在の展示館前 庭付近にあった残存樹林の主要な樹木が造成地の脇に仮 植された(図2) .その後, 本格的に造成工事が始まると, 大量のスモモの古木が重機で掘り起こされて運び出され た.果樹園の表層には黒色の A 層が 20-30cm ほどあっ .この有 て,その下部が赤黄色土となっていた(図 3) 機層の肥沃で物理性も十分な土壌を確保できれば,後の 植栽工事に役立つことは十分わかっていたが,五台山山 頂付近の工事であり,大量の土を保管する場所が確保で きないことや土壌を保管する費用を見込んで造成を発注 しておらず,諦めざるを得なかった.また,造成の際に チャートの岩石が多く出た.この山石は苔がのりやすく 凹凸があって高知市周辺で昔から庭に使われるため,出 来るだけ多くを確保しておきたいと考えた.外部から購 入すれば大変な金額になる庭石が無料で大量に手に入り, しかも周辺の岩と同質であるため園地外部の景観とつな がりが得られるという大きな利点があった.造成請負業 者としては,小さく割って運搬した方が,費用がかから ず工期も短縮できるが,そこは無理をお願いして 20 ト ンを超える大きさの巨岩を大型クレーンとトラックを .運搬した 使ってなんとか運搬していただいた(図 4 ) 石は現在の駐車場に並べて仮置きし,景石として使える .造成は切り土 ものには目印をつけて保管した(図 5 ) と盛り土のバランスをとり一切場外搬出をしない方針で 計画されていて,掘削した大量の土が本館から展示館の 現在の芝生広場に運ばれ盛土された.一時は盛り上げた 赤土やそれを被う青いビニールシートが五台山下の北側 の平野部からよく見えて,いかにも開発しているようで 目を被いたくなる状況であった. (2)造園工事 牧野植物園の造園工事は,県内では 10 年に一度ある かないかの大規模な工事であり,限られた期間内に多種 多様な植物を収集植栽するなど造園工事としては極めて 特殊で難易度も高い.その上,牧野富太郎記念館の整備 事業の仕上げであり,その成功の鍵を握る大変重要な工 22 やまとぐさ

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事ということもあって慎重に考える必要があった.ま た,筆者が着任して植栽設計に大幅な変更を加えたため に,実施設計レベルの図面が不十分であった.そのため, 施工図を起こしながらの工事が可能で,難しい植物園の 工事実績を有する業者に委託する必要があった.県内に はそのような業者はなく,かといって大規模工事を県外 業者に発注するのは行政上問題があった.そこで,県内 業者の 2 社と経験豊富な県外の大手造園業者 1 社が共 同企業体を組んで工事を請け負う形とした.共同体を組 むことは県内業者にとっても技術の向上につながる利点 もあった.そして,本館と展示館の工事を分離して,本 館を日比谷アメニス・西部・双葉共同企業体,展示館を 石勝エクステリア・入交緑化建設・サンコー共同企業体, 駐車場を平成緑化建設が受注した.発注者側の体制とし て県自然保護課牧野整備班長 (当時) の豊永泉氏と筆者 が施工管理監督員となり,実質的な施工管理,積算業務 は高知県技術公社に委託した.また,工事の進捗に合わ せて稲田氏に助言を受けることで工事が始まった.一方, 本館中庭や展示館中庭など建築との調整部分については 建築を請け負った竹中工務店で施工することになってい たが,実施は本館中庭を除いて上記の造園業者がそれぞ れ竹中工務店の下請けとして施工した. 造園工事は平成 10 年 1 月から平成 11 年 7 月までの 工期ではじまった.造園請負業者はすぐに植栽植物の収 集に取りかかった.全国規模で関東を中心に東北から沖 縄まで設計にある植物を収集した.協力者からの寄贈や 山林からの移植についても導入計画を立て施工の準備に 取りかかった.しかし,すぐに工事に入れる状況ではな く,本館前庭や展示館周辺の実施設計レベルの図面を 補完するために,施工前に詳細設計を検討する必要が あった. 本館は石組みや造成に高い技能が必要であったために, どのような体制を組むか請負業者と協議を重ねる中で, 雑木の庭を大成した日本を代表する造園家,小形研三氏 の元で数々の庭園を施工してきた星野司郎氏に石組みと 造成を依頼することになった.図面では細部まで表すこ とは難しいために立体模型を造って星野氏と検討するこ とにした.筆者が稲田氏に数回アドバイスを受けた後, その内容を星野氏に伝え,星野氏が紙粘土と現場にある チャートの小石で岩組を含む造成の模型を造った.周辺 の地形とのつながりを意識しながら尾根と谷が連続する 地形の中に流れを造り自然な形の造成が完成した.その 模型に,地形に応じて樹木を配し,稲田氏の承認も得て .園路についても内 最終的な模型を完成させた (図 6 ) 藤設計と何度も打ち合わせをした.公共事業では図面に することが必須であるために請負業者はこの模型から設 計図を作成して施工図とした.公共事業としては異例の ことであるが,実質的には最も理想的な方法で設計がで きた.一方,展示館においても排水計画や園路の仕様な どについて検討を重ね,工事請負業者が発注図を元に施 工図を製作し稲田氏の承認も受けて工事に入った. 牧野富太郎記念館の造園19年間の記憶 23

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Ann. Makino Bot. Gard. 造園工事は建築の仕上げと同時進行となった.このた め建築と造園の取り合わせ部分については頻繁に建築設 計側の内藤設計と打ち合わせして,提案を図面で示して いただきながら理想とするかたちを追求して完成させた. ①造成 本館生態園や展示館の芝生広場の造成には特に時間を 要した.中でも展示館は当初土木工事にありがちな直線 的,平面的な法面となっており,それを曲線による自然 な地形に見えるまで,筆者の指示のもと,妥協すること なくバックホーで何度も繰り返し削っていただいた.そ して,ある程度地形が完成する度に稲田氏に現場で意見 . を求めた (図 7) ②修景工事 植物園の正門や牧野富太郎記念館の本館と展示館の周 辺には,建築側との協議の上で数カ所に野面積みの石積 みを計画していた.この石積みの仕上げは五台山の歴史 的な景観との調和という点で重要と考えた.南園は竹林 寺境内跡地であり,鎌倉時代に造られた文化財級の石積 みも残されていて,その周辺には戦後の開墾跡地に残さ れたたくさんの石積みがある.石積みの仕上げで周辺と 調和させることも差別化して際立たせることもできるが, 威圧感のある重厚な石積みではなく,周辺と調和した農 業景観を感じる素朴な石積みになるよう工夫した(図 ③植栽土壌の改良 工事に先駆けて造成土の土壌調査を実施した.調査の 結果,造成土は赤黄色土で微細粒子が多く排水性が不良 で,有効水分が少なく,有機質成分 (全窒素) やリン酸 やカリウムなどの肥料成分も少ないことが判明した.特 に微細粒子が多いために乾燥時に固い塊となることが予 測され,物理性 (透水性や保水性) が問題になることが 懸念された. この結果を受けて植物を密に植栽する予定であった土 佐の植物生態園では,全面土壌改良を計画,造成土に対 しては,深さ 600 ミリを黒曜石パーライト 20%混入で 改良,その上層にバーク堆肥 10%混入の山土を 200 ミ リのせて客土とすることにした.一方,展示館は植栽密 置くのではなく,石を組み合わせて土壌が風雨に洗われ ることで露出した岩肌を表現することが目標であること を伝えた上で,星野氏が石組みを行った.工事全体を通 して石組みや造成については工事に係わった施工技術者 のレベルが高く,稲田氏のアドバイスを十分に理解して 理想的な園地が完成したと考えている. 8) .また,五台山の稜線付近には 30 トンを超える巨 大な転石や露岩が数多く見られるが,展示館芝生広場付 近の修景には,一般にありがちな庭園の石組みにならな いよう造成工事で出た 20 トンクラスの巨岩を組み合わ . せて岩塊を表現し,周辺と調和させた(図 9 ) 一方,土佐の植物生態園では,独立した個々の景石を 24 やまとぐさ

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いて,パーライトの混入が均一に出来ない状況であった .また,作業に使用した大型バックホーによっ (図 11) て造成した土をさらに締め固める結果にもなった.さら に,展示館のサクラとツツジを植栽予定の東向きの盛り 土法面は崩壊しないよう赤黄色土をバックホーのバケッ トで堅く締め固めて造成していて,すでに植栽土壌とし て問題がある状況であった.昔の庭園の植栽工事はほと んどが人力の作業で,土を締め固めないように丁寧に実 施するのが常識であったが,現在では重機を多用するこ とが常識となってきている.加えて本工事でも費用の積 算や工期の問題から人力施工を指示することが難しい状 度が高くないので請負業者の推奨する土壌改良材商品名 ワカホを使って植え付け部分の土壌改良を行うことにし . た(図 10) 土佐の生態園の土壌改良は,現場でパーライトの袋を 空けて散布し大型バックホーで攪拌,その上に,バーク を混入した客土をワイヤーモッコに入れてクレーンでつ り上げて下ろすという順序で実施したが,現場の赤黄色 土は度重なる工事車両の踏みつけによって固く硬化して ④植栽工事 先に述べたとおり植栽土壌の改良については様々な制 限があって,重要だと理解しつつも十分な改良ができず に問題を抱えたまま植栽工事に進まざる得ない状況で あった. また,作業スペースが限られていることに加えて梅雨 況であった. 牧野富太郎記念館の造園19年間の記憶 25

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Ann. Makino Bot. Gard. 期で雨が多く,さらに限られた作業スペースでの土壌改 良であったために予想以上に時間がかかってしまい植栽 工事が大きく遅延した.苦肉の策として造成土を大型ダ ンプで現場から搬出し,五台山を下って平野部の空き地 でパーライトを混入し,再び五台山を上って現場に搬入 し造成する作業を繰り返した.それでも植栽工事は高温 が続く 7 月に入ってからになってしまった.山から移 植した樹木は現場でのストックが出来ないために,いっ たん高知市内の山林に仮植し,植栽工事ができるように なるのを待ってから搬入した.植栽工事が始まると各所 ,暑さで から大きな樹木が次々と搬入されたが (図 12) 樹木を衰退させないよう迅速に植栽する必要があり現場 は修羅場と化していた. 土佐の植物生態園の植栽は,筆者が樹種毎に自生地の 生態を思い浮かべながら,造成した地山に植栽位置を指 定し,次に星野氏が樹木の枝振りを見て植栽作業を指示 する順序で行った.尾根,斜面,谷の連続した山襞を造 ることによって,自然の山で起こる残積土,匍行土,崩 積土といった立地の多様性が将来的に出来てくるという .最初にコウヤマキ, モミ, 考えで樹木を配植した (図 13) 26 やまとぐさ

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ヒメコマツなどの針葉樹を尾根部に配植し,次にウラジ ロガシなどの常緑広葉樹を斜面に植栽して,最後にイ . ロハモミジなどの夏緑広葉樹を谷部に植栽した (図 14) 星野氏は特に幹反り (幹の根元の湾曲) に配慮して植栽 した.すなわち山の斜面に実生で育った苗木は上部から の土壌や雪の移動で押しつぶされ斜面方向に傾斜して育 つことが多いため幹が湾曲する.土佐の植物生態園に植 栽する樹木は県内の山から採取した個体であったため大 半は幹が湾曲していた.星野氏の卓越した技術で植栽す る斜面に対して幹の反りを揃えたことでより自然に近い 林内景観を造ることに成功した. 一方,展示館芝生広場では,旧大方町から寄贈された ホウショウや千葉県へ材料検査に訪れた際にシンボルツ リーとして急遽導入を決めたシマサルスベリなど,大型 の樹木が次々に運ばれ,大型クレーンを使って植栽した .また,造成時に移植したクスノキ,カゴノキ, (図 15) ハゼノキなどの大型の樹木も設計どおりに順次植栽して いった.しかし,特に大きい胸高直径 60cm を超えるク スノキなどは,新たに植えた樹木と大きさが違いすぎて バランスが悪く,さらに定植に多額の費用が必要,それ なら追加で鑑賞価値や学術的価値のある樹木の購入を増 やした方が良いと考えて仮植地から移動させないことに した. 他方,本館中庭の植栽は,建築請負業者の竹中工務店 が,牧野博士との交流を通じて牧野植物園の開園に尽力 した武井近三郎氏のご子息の武井道夫氏に工事を依頼 し,京都,静岡などからタイワンマダケを導入し植栽し た.展示館や本館の中庭は,大型クレーンを使って完成 したばかりの記念館の屋根を超えて植栽する難しい工事 であった.本館も展示館も中庭は特に土壌が悪く赤黄色 土を練り固めた堅密土で,本館では電動のハンドブレー カーを使って植え穴を掘るほどであった.タイワンマダ ケの植え付けには適量の牛糞堆肥を混入して土壌改良を 行った.その他,武井氏には京都薬科大学付属薬用植物 園や武田薬品福知山農場からの薬用樹木の運搬,沖縄か らのアコウの導入,土佐の植物生態園に植栽する多年生 草本の収集植栽など重要な業務を依頼した. 植栽工事の進捗に合わせてラベルの製作に取りかかる 必要があった.小山総合アドバイザーの提案でラベルに 四季を表す色の違うシールを張ることで見頃の季節を表 示することにした.また,分布を日本地図で示す方法を 採用したが,これは表示が小さくて見づらく不評であっ た.小型ラベルのスタンドは稲田氏の提案でイギリスの キューガーデンなどで採用している物とし,中型から大 型ラベルはアボック社に発注して当園のオリジナルの物 を作った.ラベルの原稿は筆者が作成してアボック社に 送り同社が学名や記述内容についてチェックして訂正し, 再度それを筆者側で検認する順序で完成させた. 植栽全体について,通常,植栽時に行う支柱や幹巻き は,仕上がりを自然に見せたいという思いから必要最低 限に留めた.特に土佐の植物生態園などではすべて竹の 支柱を採用した. ⑤完成 工事は平成 11 年 10 月に完成した.それでも石組み や造成の技術が高いために,園地としてはそれなりの評 . 価を得るに十分な仕上がりであった(図 16) 完成時は支柱ばかりが目立つ状況で,表土を隠すため に全面にバークを敷いて仕上げとした.展示館の斜面に はナイロン製の土壌被覆資材をバークの上からかけた. このバークには接着剤が混入していたため地被植物の増 殖を阻害,またナイロンの網にはヘビなどの小動物がか かり,問題があることも後に分かった. この工事で植栽した樹木は,駐車場約 100 種 430 本, 土佐の植物生態園約 300 種 1,000 本,展示館周辺約 350 種 5,400 本となった.新園地全体では約 500 種 8,200 本の樹木を植栽した.ハナガガシ,ユクノキ,フジキ, タイワンマダケ,ホウショウ,トガサワラなど,それま で牧野植物園には植栽されていなかった新たな珍しい植 物も多く導入できた. 先に述べた理由で設計図が十分でなかったこと,建築 との同時進行の工事であったこと,工事に係わるものが 牧野富太郎記念館の造園19年間の記憶 27

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Ann. Makino Bot. Gard. 妥協を許さず最良を求めたことなどの理由で,通常では 考えられない数の設計変更があったが,最終的に関係者 全員が一丸となって工事が進んだ.工事を請け負った造 園業者の方々をはじめ,実質的に施工管理や積算業務に 携わった高知県建築技術公社の小島宏一氏には大変な負 担をかけた. 4.育成管理 (1)生育状況 平成 11 年の 11 月に牧野富太郎記念館がオープン, 盛大なオープニング式典と共に,園地が一般に公開され, その時から園地の管理作業が始まった. 植栽した植物は,園地の土壌に新しい根を張っておら ず,堀取られた時の根鉢のままの状態で生育している. そのために植栽後の翌年までは新枝も伸びて展葉や開花 も見られた.しかしながら,透水性や通気性に欠ける粘 土質堅密土に根を張る植物は限られていて,2 ~ 3 年目 で根鉢の養分を使い果たし,成長が止まり衰退する植物 が現れ始めた.生育不良の症状は,新梢の生長量,葉の 小型化や色の変化,枝枯れ,幹枯れなどとなって現れた が,樹勢が衰えた樹木には害虫が発生することも多く, 脊悪土壌に加えて強い西日による幹やけなど,悪い条件 が複合的に作用してさらに症状を悪化させ枯死に至る .このような樹木を堀り上げると, こともあった (図 17) 根腐れを起こし,養分を吸収する不定根がすでに腐って 無くなっており,根回しの際に切断した主根や側根の切 り跡がそのままの状態で確認できた. 最初に枯れ始めたのが駐車場に定植した自生のヤブツ バキで,造成時に数多くの木を開発予定地の二次林から 堀取って仮植していたが,発根を確認していたにもか かわらず,多くの木が枯死した.3 ~ 4 年目の高木の生 長が望めず緑陰ができない時期の土佐の植物生態園で は,日陰がないために林床の草本植物が植栽できず,園 路沿いにすだれを張った屋根を作って草本植物を植栽し た.特に土佐の植物生態園の樹木は大半が山から主根を 切断しての移植であり,土壌が良くても十分発根して成 長が望めるようになるまでに年月がかかったと考えられ る.全般に高木種の成長は望めなかったが,土佐の植物 生態園の海岸植生では,海岸生の低木や多年生草本がよ く育ち来園者を喜ばせた.また本館中庭のタイワンマダ ケの生育も悪く,直射日光が林床に当たって草本植物が 育たないために,ウッドデッキから牧野植物園のロゴが デザインされた幕を張って対応した.梅雨明けの日照り や高温が続く時期には,水切れによる枯死を恐れて生育 28 やまとぐさ

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不良の樹木に対して土壌を乾かさないよう灌水を徹底し た. しかし, この灌水は地表部の根に対して効果的であっ たと考えられるが,その下部の粘性土に位置する根に対 しては逆効果で根腐れを助長させることになったかもし れない. その他,ヨグソミネバリ,オオヤマザクラ,ユクノキ などは病虫害の痕跡が見られないのに枝葉に枯損が目立 つようになった.このような樹木の幹に手を当てると, 正常なら水分を感じて冷たく感じるところが,西日が当 たる部分だけが乾いて温度が高く感じられることがあり, その部分の樹皮を剥がすと幹の枯損が観察されることが あった.冷温帯の林内に自生する樹木には幹に直接強い 日光が当たることは稀で,さらに標高の低い暑いところ に移植された樹木にとっては大きな被害となる.予測さ れたことではあったが,それほど顕著に被害がでるとは 考えておらず,工事の際に景観を優先して緑化テープに よる幹巻を省いたことが悔やまれた. 一方,病虫害については,カミキリムシなどの穿孔性 害虫が多発して枯死に至った木もあった.特に冷温帯の 夏緑広葉樹に被害を受ける木が多く出た.最も被害が大 きかった樹種が, ブナ, メグスリノキ, サワグルミなどで, 根元に著しい食害を受けて幹が折れる状態になった.詳 しく調べたわけではないが,標高 1000 m を超える場所 に生育する冷温帯の樹木が低地に植栽されることによっ て衰退し,自生地には分布しない種類の穿孔性害虫の被 害を受けた可能性もある.なお,ナラガシワやツブラジ イなどのブナ科の樹木も著しく穿孔性害虫の食害にあっ たが,食害によって幹が枯れることはなく,そのまま幹 が肥大成長して,現在はその痕跡が消えた樹木も多い. 生育不良の原因をまとめると次のとおりである. ①赤黄色土を重機による造成工事によって踏み固めた結 果,粘土質堅密土になり土壌中の孔隙量が著しく減少 . し, 酸素濃度が乏しく根の生長を著しく阻害した (図 18) ②赤黄色土のパーライト 20 %混入による土壌改良は, 工事が梅雨期となったために土が乾燥した状態で攪拌 することができず,さらに客土の上に重機が乗ったこ ともあり結果的に効果がなかった. ③公共事業で定められた規格の植え穴を重機で掘って植 栽したが,大半の樹木の植え穴は,根鉢の 1/2 以上が 粘質土堅密土の深さに達したために排水が悪く,底に 水がたまり,根腐れの原因となった. ④土佐の植物生態園には暗渠排水管を設置したが,土壌 自体が空隙のない粘性で透水性が悪いために,その効 牧野富太郎記念館の造園19年間の記憶 29

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Ann. Makino Bot. Gard. 果を発揮できなかった. ⑤赤黄色土の上に 20 cm 客土したが,大きい樹木は客 土の前に植栽していたために,さらに深植えになった. 客土後の作業員やミニバックホーによる踏み固めで, 土壌中の酸素濃度をさらに低下させた.また,物理性 に優れた関東ローム層で育った樹木は根巻きした時点 で根の上部に 5cm ほど土が被さっており,そのまま 植栽することによって,さらに深植えとなった. ⑥関東ロームなどの火山灰起源の物理性の良好な土壌と 現場の土や県内で客土と使われる山土には土壌の物理 性や理化学性に違いが大きく,植栽後初期の根の伸長 に影響がでた. ⑦植栽工事が植物の栄養生長が盛んで蒸散が大きい夏期 となり,植栽時から樹木の衰退が著しかった. ⑧多種多様な樹木を植栽した結果,冷温帯の植物など五 台山の環境に適応出来ない樹木に害虫などの被害が多 く出た.また,山林から移植した樹木には発根が不十 分な木もあった. ⑨仕上がりをよく見せるために公共事業で通常施される 強固な支柱や幹巻きを行わず完成としたために,根が 十分に張れない木や幹やけを起こす木が多く発生した. (2)樹勢回復処置 上述のような生育不良の樹木に対して土壌改良,客 土,植え直しなど,様々な処置を講じて樹勢回復に取り 組んできた.特に 2001 年から日本樹木医会高知県支部 長を務める濱田吉成氏が非常勤職員として作業の中心 .また,2003 となって様々な処置が実施された (図 19) 年には,現場監督として植栽工事を担当し,その後財団 職員となった北岡憲泰氏が中心となって約 500 本の樹 木を対象に樹勢回復のための土壌改良や施肥などの処置 を施した.その詳細は高知県立牧野植物園年報第 1 号 p. 35–36,第 2 号 (2001–2002) p. 54–58, (1999–2000) (2003) p. 37–39 に報告されている. 年報第 3 号 土壌が原因の生育不良の樹木に対して最も有効な処置 は,樹木を掘り起こして植え直すことであるが,すでに 公開している園地を掘り返すことになるため処置が可能 な樹木は限られる状況であった.それでも植物園正門の オオモミジなどは特に重要であったので二度にわたって 植え直しを行った.根の周りの土壌を改良した一度目の 30 やまとぐさ

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植え替えでは効果がなかったために,再度 2 t クレーン で樹木をつり上げ掘り取った後に,バックホーを使い最 終的に工事の際に重機で締め固めた造成土がなくなり岩 盤に達するまで約 1.7 mの穴を掘り,底に 50 cm ほど砕 石やパーライトを敷いて,良質土に腐葉土を混入して植 え付けた.同様に展示館中庭でもトサウラク,キンモク セイなどの植え直しを行ったが,大型のバックホーが搬 入できないために深く掘ることが困難で,粘性堅密土を 底に残したままの状態で植え付けたために期待するほど の効果が得られなかった.その他,植え直しが出来ない 小さな樹木への応急的処置として,深植えになった根鉢 の直ぐ上の表層土を取り除き,バーク堆肥にパーライト を混入した用土に置き換える方法で改良した.この処置 を多くの樹木に施して一時的に樹勢悪化をくい止めるこ とに成功したが,二重根を形成させ,表層土に接した幹 から不定根は出るが,周辺が良質土でない限り,根域を それ以上広げることが出来ず,また,主根から出た本来 の不定根が位置する土壌は改善されないために抜本的な 改善にはつながらなかった.また,展示館芝生広場の谷 部に植栽したハンカチノキなどには,根域の先端部付近 を狙って四方に直径 20 cm で根鉢より少し深い程度の 穴を掘り,そこにパーライトを入れ通気性を確保する処 置を施したが,土の粘性が極めて高いために大きな効果 を上げることはできなかった. このように試行錯誤を繰り返しながら様々な処置を 行ったが,粘性の高い土壌を改良することは難しく,そ れを改良するよりも植物の生育に適した堆肥を混入させ た土壌や将来的に有機物層や腐植の多い土壌を生成させ るための落葉を植栽地全体に敷く方法が良いと考えるよ うになった.そこではじめに,土佐の生態園に対し土壌 改良と埋土種子からの発芽も期待して過去数回に分け て,県内の各所で表層土と落葉を採取し,それぞれ植生 .冷温帯は汗見川源流域の エリアに敷ならした(図 19) 夏緑広葉樹林など,暖温帯域は五台山の常緑広葉樹林な どで採取した.なお,海岸の砂も数回採取して敷ならし た.埋土種子は期待したような結果は得られなかった が,それは発芽があっても林床が未だ実生が生育できる 条件ではなく,すぐに枯死したからだと考えられる.一 方,展示館中庭や本館中庭では過去数回にわたって表層 に 200 mm 程度,バーク堆肥などを混入した通気性のあ る良質土を全面に客土した.展示館の中庭は緩やかな傾 斜があるために土が流れやすく未利用園地内でクリの木 を伐採して土留めを作った上で客土した.このような表 層土の全面改良は土佐の植物生態園,本館や展示館の中 庭の樹勢回復に大きな効果があり衰退する樹木が大幅に 減少した.この結果を受けて,その他の場所でも同様の 改良が良いと考えたが,サクラ・ツツジ園,薬用植物植 栽区,駐車場の斜面などは法面が急で土壌が流亡するた めに同様な処置を施すことは困難であった.そこで,こ のような場所では植栽部分のみに丸太で土留め柵を作っ て良質土を施した.また,薬用植物植栽区では草本を植 えるにあたって粘性土に直接植えることを避けて,石積 みで鱗状の植栽枡を造り良質土を客土し植栽した. 土壌改良の成果が現れ,良好な生育が望めると判断し てから,展示館周辺や駐車場など単木植栽の樹木を中心 に施肥を行った.良質土とバーク堆肥を混ぜ合わせ,そ れに緩効性樹木専用肥料:商品名ウッドエースを適量混 入して幹の四方に直径 20cm 前後の穴を空けて投入した. また,展示館の芝生広場のシマサルスベリなどでは樹幹 から放射線状に浅い穴を掘って根を露出させ,同様の肥 料入り用土を投入した.効果は直ぐに現れ,葉色が濃い 緑に変わり,新梢の成長も旺盛になった. 病害虫の駆除に対しては,動物全般に影響のある薬剤 散布を行わず,毎日の観察によって患部を発見し,適時, 殺虫剤を浸した脱脂綿を穿孔部に挿入して駆除する作業 を繰り返した. また,西日が当たる幹の枯損については,枝葉の異常 を確認して枯損部を見つけ出し,景観に配慮して患部に のみ緑化テープを貼り付けることで回復した木も多く あった. 5.植栽の変化 植栽木の活力低下に対処するために,先に述べた樹勢 回復処置を施したことで,5–6 年目くらいから徐々に樹 木の成長が認められるようになってきた. (1)土佐の植物生態園の変化 土佐の植物生態園では,いったん樹木が活着して十分 に成長するようになると,大量の落葉が土の上に落ち, ミミズなどの分解者として機能する土壌中の生物も増殖 活性化して,有機物の分解作用が進み,好循環が生まれ る.そうして自然の山で見られるサイクルが出来上がっ ていき環境が安定するようになった.開園から 10 年目 を過ぎる頃には土佐の植物生態園の入り口付近の樹木が 牧野富太郎記念館の造園19年間の記憶 31

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