atafuta196

 

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Vol.196 2 2015年 月号 2.2 ISHIZUKA 2015 (mon) TOSHIAKI DAGAKU ~ 石塚俊明 Birthday Live ~ GOTO 石塚俊明 HARUKA 寺田佳之 TERADA KI YOSHIYU ごとうはるか 出演 打楽 (per / 頭脳警察) (per / ギャーテーズ他) (per / ホーミータイツ) 日本のロック黎明期から活躍を続ける頭脳警 察のパーカッショニスト・ドラマーである石塚 俊明 ( トシ ) がライフワークとして続けてきた パーカッションソロライブシリーズ 『打楽』 。 全 編打楽器のみによる即興演奏、 という緊張感溢 れるパフォーマンスは、 回を追うごとにその世 近年は西荻窪・音や金時にて Mama-Kin( 書 / 俳 句 ) とのコラボレーションを定期的に行うほ か、 福井県大湊神社の椿祭りや、 音楽を担当し た映画 『タケヤネの里』 上映イベントなど、 様々 な場所でのソロパフォーマンスを重ねてきた。 昨年 2014 年にはパーカッショニスト・寺田佳 之 ( ギャーテーズ他 ) を加えたツインパーカッ ション編成でのパフォーマンスを開始、 さらな る音の深淵を探るべくその活動を続けている。 そして 2015 年、 トシの 65 回目の誕生日を記念 ごとうはるか ( ホーミータイツ ) を加えたパー カッショントリオ編成という初の試みをアピ ア 40 にて開催。 世代を超えた 3 バカトリオ ( ? ) によるデタラメ合戦 ( ?? )、 お見逃しなく! 界を増幅させ、 独自の音世界を構築してきた。 して、 息子世代にあたるパーカッショニスト・

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※各日入場時に1ドリンク(¥500〜)別途オーダーいただきます。 Live Schedule 2015 February 2.25(WED) 第一部:NaoNaho with ファルコン 大い 第二部:ヴァイオリンプリンセスの冒険〜呪いの 昨年関西で大好評を博したミュージカルコメディ 「ヴァイオリンプ リンセスの冒険〜呪いのタンバリン〜」 2015 年、 NaoNaho ワンマン 第一弾は、 このミュージカルを更にパワーアップした改訂版!そして なんと、 第一部ステー ンを迎えたスリリン 一粒で二度美味しい OPEN 18:30 / START 19:20 ¥1500 Naoki Nishimura NaoNaho ミュージカル 2 夜の部 OPEN 18:30 / START 19:30 ADV ¥2000 / DOOR ¥2500 Naho Shibata 特別公演 豪華!!夢   4 OPEN 18:30 / START 19:20 ¥1500 5 10 OPEN 18:30 / START 19:20 ¥1500 11 昼の部 夜の部 OPEN 18:30 / START 19:00 ¥1500 12 OPEN 18:30 / START 19:20 ¥1500 16 OPEN 18:30 / START 19:20 ¥1500 17 OPEN 18:30 / START 19:20 ¥1500 18 OPEN 18:30 / START 19:20 ¥1500 19 OPEN 19:00 / START 19:30 ADV ¥4000 / DOOR ¥4500 24 OPEN 18:30 / START 19:20 ¥1500 25 OPEN 19:00 / START 19:30 ADV ¥3000 / DOOR ¥3500 26 OPEN 18:30 / START 19:20 ¥1500

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  の二本立て! に奏でる タンバリン〜 1 昼の部 夜の部 OPEN 18:30 / START 19:00 ¥1500 脚本 紙本櫻士 ジではゲストにスーパーギタリストのファルコ グな NaoNaho トリオ版をご堪能いただけます。 スペシャル感満載ライブ、 ぜひお見逃しなく !! 6 OPEN 18:30 / START 19:20 ¥1500 7 OPEN 18:30 / START 19:00 ADV ¥2000 / DOOR ¥2300 8 昼の部 OPEN 13:30 / START 14:00 ¥1500 夜の部 OPEN 18:30 / START 19:00 ¥1500 13 OPEN 18:30 / START 19:00 ¥1500 14 夜の部 OPEN 18:30 / START 19:00 ADV ¥2500 / DOOR ¥3000 15 昼の部 OPEN 13:00 / START 13:30 ADV ¥3000 / DOOR ¥3500 夜の部 OPEN 18:30 / START 19:00 ¥1500 OPEN 22:30 / START 23:00 ¥1500 20 OPEN 18:00 / START 18:30 ADV ¥2500 / DOOR ¥3000 21 昼の部 OPEN 13:30 / START 14:00 ¥1500 22 昼の部 OPEN 13:30 / START 14:00 ¥1500 夜の部 OPEN 18:30 / START 19:00 ¥1500 夜の部 OPEN 18:30 / START 19:00 ADV ¥3000 / DOOR ¥3500 27 OPEN 19:00 / START 19:30 ADV ¥2500 / DOOR ¥2800 28 昼の部 OPEN 13:30 / START 14:00 ¥1500 夜の部 OPEN 18:30 / START 19:00 ¥1500

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イロシネマフェスト 新作旧作、 駄作名作、 糞味噌一緒玉石混合なんでもかんでも上映し ちゃう、 ルール無用、 形式から脱した上映会、 このうえなき無責任な 思い想い映画の催し。 それがフリースペース。 ハイロが各月で企画 するフリースペースを祭りに祭り上げたのが、 シネマフェストだ。 大阪万博、 よど号ハイジャック、 三島由紀夫自決の年の 1970 年、 そ の 10 月の 1・2・3 の 3 日間に第 1 回が開かれたと云う。 今を遡るこ と 40 年前、 国家や企業の後ろ盾なく、 個人が映画を生む時代が同時 に確かに始まったとも言える。 個人と映画の関係のあり方を考えさ せ続ける場、 否、 坐ともいえるハイロ。 2 月 13 日、 今宵オールナイト まさしく地下アンダーグランドで、 「映画」 を体現してみませんか !? 上映集団ハイロ  映写技師 マエダ・シゲル

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四半世紀のブラ カンフル通信、 ンクを経て復刊 ! 写真・高井つよし&マッシュ 於 ・福井 皇帝魚ハウス 撮影・荻原志乃 1983 年から 1991 年まで、 私は音楽事 務所の真似事をし、 オフィス・カンフ ル代表を名乗り、 自身のバンド (白痴 の 風、 あ や ま る よ、 The Forbidden Colours ) の活動を推進しておりまし た。 そして、 ささやかな宣伝媒体とし て思いついた 「カンフル通信」 なる紙 切れを、 当時の友人・知人 100 名前後 に毎月送付し続けておりました。 ケー タイもメールもない時代、 ワープロで 打った文章をプリントアウトし、 官製 ハガキに貼り付けたり、 封筒に入れた りするわけです。 そして郵送です。 本 来的な意味でのダイレクトメールで ありました。 内容は当然のことながら ライヴ情報詳細です。 そして、 オマケ 程度に その時々で私が感じたささや かな幸福と不幸に考察を試みた文章 やイラストを載せていました。 ひょんなことから、 「あたふた」 に間借 りさせていただく形で 「カンフル通信 」 が復刊と相成りました。 これは、 記 念すべき復刊 第 1 号であります!今 回は、 孤高のロッカーらしからぬプラ イベートな家族ネタにおつきあい願 います。 父!飼い猫や飼い犬が死ぬ度に、 庭に 穴を掘って埋めてくれた親父!彫刻 刀を器用に操り、 サンタクロースの髭 の一本一本まで見事に仕上げた 木版 画好きな親父!飲み屋で喧嘩して相 手にローキックを食らわせ、 お巡りさ んに 連行された親父!銭湯の湯槽に 浸かると鶴田浩二のナンバーを大声 たった今、 私の実の親父の大腸癌が発 覚いたしました。 少年野球時代は、 ピッチャーで四番を 打っていた親父!奥沢中学時代は、 100m 走と 100m 平泳ぎの選手を兼任 し、 都 内 の 大 会 に 出 ま く り、 大忙し だった親父!プレス工と旋盤工を兼 任し、 アマチュア・ボクサーだった親 父!網膜剥離で挫折した親父!洗足 池に落ちた私を救助した親父!飼い 犬が死んで何日もメソメソしていた 私を払い腰で投げ、 床に叩きつけた親 で歌っていた親父!東京を棄て、 茨城 の秘境で暮らす親父!サントリープ レミアムモルツといいちこと猫たち を愛する親父!私の生誕 50 年祭ライ ヴに現れた親父!最近、 炒飯と焼きそ ばをつくれるようになった親父!今 年の 6 月に 80 歳になる親父!いまだ に渾名がボーヤである親父!親父、 ま だ死ぬなよ! そんなわけで、 また次回まで、 みなさ ん、 どうぞよろしく哀愁です!

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黒人音楽を軸に様々な音楽を吸収し歌とアコースティックギターでソウルフルにブルージーにファン キーに奏でるシンガーソングライター 1975年生まれ39歳、 三重県出身 近年では 「踊ろうマチルダ」 「竹原ピストル」 「ズクナシ」 「t 字路 s」 「良元優作」 などを聴きメジャーでは 「エ ゴラッピン」 「スガシカオ」 「ラブサイケデリコ」 「ハナレグミ」 などの立ち位置を目指し 2014.9 満を持して 上京 中学時代に洋楽にはまりロックがどんどん激しくなっていく高校時代、 エレキギターを手にメタリカな どコピーバンドで友達とライブハウスデビュー 卒業後、 大阪の音楽の専門学校へ入学、 ハードコア、 グラインドコア、 デスメタルなどさらに激しさを増す 音楽シーンの中 自らもFLED BASHという当時ミクスチャーという言葉のない時代にミクスチャーバンドを結成 ニルバーナがそんな激しさを増す音楽に終止符を打つ頃、 グランジ、 オルタナティブ、 ノイズ、 デジタル ロックなどに興味が移りバンドは解散 一時音楽活動を休止、 この頃、 現在のキャプテンブルースの核となるベンハーパーとも出会っている 三重県に戻るとヒップホップの波にのりクラブで友達のDJとイベントをし自らはMCをやっていた さらにクラブミュージックにのめりこみ、 ハウス、 テクノ、 トランス、 レゲエ、 ダブ、 アフロ、 ドラムンベー スなど幅広く聴くと同時にブルース、 ゴスペル、 ソウル、 R&B、 ジャズなどのルーツミュージックに傾倒 していく 25歳になるとベンハーパーに憧れアコースティックギターを持ちキャプテンブルースとして歌い始め る その後も様々な音楽、 特に生で土の匂いのする音楽に触れ吸収しキャプテンブルースのフィルターを通 して発信し youtube での動画配信 (検索、 キャプテンブルース) 、 4枚の自主制作アルバム、 シングル1枚 をライブ会場などで手売りしコアなファンを取り込みながら活動の場を広げている

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.31.1.1 2 1 5 . 14 201 20       プレジー3吉 じゃないんだ。 を執筆してきたパチンコシンガー・ 本誌では幾度となくライブレポート ファーストアルバムをリリースし、 2014 年は、 プレジー 3 吉。 カウントダウンライブに初出演! 更に APIA40 年越しオールナイト 小池真司さんはいつも沈黙の感動を客に与える。 しかし、 私は 何もびびることなく、 彼の次にはすんなりステージに上がれ た。 何が言いたくて、 何ができて、 私はこのステージに立ち続 けてきたのだったか。 それをずっと考えながら前に演奏した 皆さんを眺めていた。 そのわだかまりを一掃はしてくれない、 そこにアピアの真髄がある。 悩みがあるから私は、 、 、 。 朝方に私のパチンコの歌を聴かされて、 客席はどう感じたか、 ははは、 よくわからん。 最後に私はトリのチバ大三さんの名曲、 『アピアママ』 を聴い 私は、 2002年の秋から、 アピアで弾き語りをしてきた。 私には、 大志はない。 やる気がないと思われるかもしれないが、 そう 叶う小さな小志をたくさん持つ。 叶えることが癖になると、 生 きるのが楽しくなるものだ。 そう、 アピア年越しに出るのが ずっと夢だった。 昨年、 CD を出す夢は叶った。 私は今回、 初めてアピア年越しの舞台に立った。 私はギリギリ まで当日家で寝ていた。 私の出番は年明けの 2 時 35 分。 店長 レイク氏も、 私が喉が弱いのを知っていて修羅場を与えるも んだ。 しかもトリの前というポジション。 私は 31 日の 19 時過 ぎにアピアに到着。 ヤマモトマサヤさんのライブの途中から観戦。 オランさん 火取ゆきさん、 と、 アピアの代名詞的アーティストと続き、 色 あせず進化するアピアミュージックを聴くことができた。 客 は例年になく少ない。 でもそんなことは関係ない。 そこにいた みんなが何かきっと同じ目的地を求めていた、 客も演者もだ。 共に CD 発売中の山本慎太郎さん、 なんだか身体の動きが可笑 しく笑える。 様になる佐々木ショーイチさんと続き、 NaoNaho さんの楽しい MC で明るく年が明けた。 渋谷時代のアピアにいるような、 小粋で泥臭い年明け。 年が変わり、 高井つよしバンド、 藤原愛さん、 と個性派かつ、 己 にブレがないアーティストの演奏へと流れゆく。 私はやっと 酒を酌む。 喉をいたわり我慢してた。 笑 アピ イト ルナン オ� ライブ ウントダウ   の記録 カ ア 40 年越し た時、 涙がこぼれた。 私にも長い 12 年だった。 この舞台が果てし無く遠かった。 そ う、 己に恥じらいなどないのだ。 逆に言えば、 晒す恥しかない。 この日、 共に共演した方々は、 一生の仲間であり、 ライバル。 私 は、 アピアに誇りを持っている。 大切に育ててもらい、 今があ る。 年なんて明けてない。 いわば、 歌ってるうちは夢見心地の ままでいたいものだ。 あなたがいるから私がある。 私がいるか ら、 あなたもいてほしい。 なんだか素敵な、 プレジー 3 吉の久しぶりのアピア年越しで あったよ。 自分も歌えて。 そんな、 音楽みたいな日常だ。

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「2015年 1月」 はじめまして。 佐藤将光と申します。 今年で24歳になります。 神奈川県出身です。 今、 一番好きなバンドは踊ってばかりの国で す。 ギターは中学二年の時から始めました。 この頃は BUMP OF CHICKEN が一番好きでした。 作詞もこの頃から始めました。 メ ジャーコードがある程度押さえられるようになった頃から、 リフを作るようになりました。 けれど、 歌詞をメロディに乗せると いうことは中々出来ませんでした。 歌を作れるようになったのは二年前です。 メロディ先行で作るようになってから、 形になる ようになりました。 オリジナル曲が10曲ぐらいたまったので、 人前で歌うようになりました。 それは、 一年前のことです。 決 まった場所で歌うというわけではなく、 都内のライブハウスを転々としていました。 今の持ち歌の数は、 20曲ぐらいです。 アピアを知ったのは、 4ヶ月前です。 三鷹にある 「おんがくのじかん」 というライブハウスでライブをした時に、 店主が教えてく れました。 「ここに行けば、 きっと歓迎してもらえるよ」 そう言って 「APIA 40」 と書かれたメモ書きを渡してくれました。 私は 早速、 インターネットで 「APIA 40」 と検索しました。 HP に記載されている歴代の出演者の名前を見て、 興味を持ちました。 斉 藤和義さんや小山田壮平さんといった、 私の好きなアーティストの名前が載っていたからです。 私も APIA で歌いたいと思いま した。 新人オーディションに応募し、 初めて APIA にいきました。 3ヶ月前のことです。 「幸せなんて」 と 「沈黙」 という曲を歌いま した。 オーディションの審査をしてくれた伊東さんは 「幸せなんて」 という曲の方を気に入ってくれたみたいでした。 「もう少し キーを下げたら、 もっと聞きやすくなるんじゃないかな」 というアドバイスをもらいました。 確かに、 高音部分に息苦しさを感じ ていました。 その時は、 半音下げチューニングだったのですが、 今では二音下げチューニングで歌っています。 先月、 APIA で初めてライブをしました。 個性的な方々と共演できて楽しかったです。 次はどんな人と共演できるのか楽しみで す。 二ヶ月に一度のペースで出演していこうと思っております。 宜しくお願いします。

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CD の所有枚数は 2000 枚を超える CD ジャンキーのマーブル後藤 (a.k.a. ごと mp3 全盛のこの時代にさす うはるか / アピア 40 スタッフ / ホーミータイツ ) が、 がに整頓するかとちょこちょこ処分を始めた折、 これだけは手放すまい!と 決めたマイ・ゴールド・ディスクを誰からも要望がないので自らご紹介。 ▼ 昨年 2014 年の最も嬉しかったニュースの一つにウルフル いうものに目覚める過程において、 もちろん音楽に関して も例外ではなく、 その当時 ( 小学生なりに ) 一番熱心に触れ ていたのがウルフルズでした。 当時は、 1995 年発売のシン グル 『ガッツだぜ !!』 でブレイクし、 翌 96 年発売のシングル 『バンザイ〜好きでよかった〜』 も大ヒットという、 まさに スターダムにのし上っていく最中で、 初出場した紅白歌合 戦も観ていました。 当時は小学生ですから、 ブームに荷担 という立場でした。 お兄ちゃんやお姉ちゃんがいる同級生 は前述の 8cm シングルもちゃんと家に持っていたりする のですが、 我が家は父の 「シングルは割高や、 アルバム買う たらええ」 という方針もあり、 発売間もないシングル盤を 手にすることはほとんどありませんでした。 その同級生か らシングルを借りて ( マッチの 『ミッドナイト・シャッフ ル』 やサザンの 『愛の言霊』 なんかと一緒に ) カセットテー プにダビングして聴いていました。 そんな僕が中学生にな り初めてきちんと手にしたウルフルズのアルバムが 『Let's バンドスコアを買ってきて TAB 譜を追いながら聴き込ん だり ( 同世代でウルフルズのコピーをしていた人は僕の周 りでは皆無でしたが… )、 TVK( テレビ神奈川 ) で録画した うとしたりしたものでした。 その後、 ベースのジョン・B・ チョッパーさん 「 ( ベースは地味だ」 と繰り返し発言したり 一歩引いた感じのキャラクターが好きでした ) の脱退が あったりして僕もその動向を追うことから離れていた時 期もあったのですが、 活動休止後のトータス松本さんの著 書などを読んだりすると、 メンバー間の軋轢が赤裸々に綴 られていて、 “活動休止” という表現にはなっているものの、 た。 なので復活の報を聞いたときはとても驚きましたが、 同時にとても嬉しかったのです。 そんなウルフルズの生演 奏を初めて聴いたのは、 なんと昨年の復活後最初のメディ ア露出となったミュージックステーションのスタジオで した。 僕は仕事で行ったわけでもなんでもなく、 純粋にお 客さんとして参加したのでした ( 観覧募集の抽選に当たり ました )。 復活発表後初お披露目となる生放送、 メンバーの 緊張と喜びが入り交じった表情が印象に残っています。 演 奏終了後、 カメラがタモリさんたちのトークに切り替わっ 合っていて、 ジーンと来ました。 これからの活動も楽しみ です。 これは手放すわけにはいきません。 の PV を観ながら間奏のダンスを覚えよ ズの活動再開がありました。 小学校高学年の頃、 “流行” と 『それが答えだ!』 するというよりは、 すでにブーム化したものを享受する、 その内実は解散に等しいものなんだなと認識していまし 照明の落ちたステージ上でメンバー同士がハグし Go』 でした。 ちょうど同時期にベースを始めていたので、 てから、 APIA で は お な じ み 独 唱 パ ン ク の 主 宰 者 「チ バ 大 三」 と、 APIA40初出演 「山とケ」 のメインボーカル 「ケーナ」 による、 男女ユニットだけを集めたイベント。 趣旨はただひとつ。 「男女ユニットだけを集めたら、 どんな化学反応が起こるの だろう?」 それだけが知りたくて、 チバとケーナは互いに イチオシの男女ユニットに声をかけた。 ジャンル問わず、 様々な演奏スタイルを持つユニット5組が集結。 ただ一つ の共通点が 「男女2人であること」 。 大阪から、 注目のユニッ ト 「小林万里子&鷲尾悠持郎」 も出演!フードメニューも 豊富な APIA40 で、 食事やドリンクを楽しみながら、 彼らの 織り成す音の波を、 とくと受け止めてください! 文 : ケーナ

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