atafuta195

 

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Vol.195 1 2015年 月号 2015年1月24日(土)               @APIA40 (vo,g) (p,acc,mand)パスカルズ (cello,electronics)パスカルズ

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※各日入場時に1ドリンク(¥500〜)別途オーダーいただきます。 Live Schedule 2015 January New Solo Album 1. Don’ t Put Me On Hold 2. Shake Whatever You Got  3. Intense Love 4. Electric Animal 5. Niju Jinkaku / 二重人格 6. Distance 7. Kioku Shogai / 記憶障害 8. Nothing to Do 9. Hello 10. Everything "SHAKE IT!" SHU NAKAMURA RELEASED!! +THE NINJA ORCHESTRA NINJAPAN TOUR 2015 Shu Nakamura プロフィール 名古屋出身。 1999 年、 NY に移住し、 現地ミュージシャンらとスタ ジオ、 ツアー、 ライブ演奏、 プロデュースなどで音楽活動を行い、 同時にソロアルバム制作も続ける。 2013 年の 3 枚目ソロアルバム 「Join The Spree」 のリリースでロックバンド 「the Ninja Orchestra」 を結成。 (2013 年 10 月) NY ダウンタウンのライブハウスのメッカ The Delancey, Bowery Electric などで演奏を続ける。 2014 年 10 月に 4 枚 目ソロアルバム 「Shake It!」 を発表し、 1960 年代からボブディランなど NY を代表する数々のミュージシャンを発 掘してきた The Bitter End でレコ発ライブ。 大盛況に終わる。 (2014 年 11 月) 2015 年 1 月に NY からのバンドメン バーを連れて日本 4 都市 (東京ー大阪ー名古屋ー神戸) でライブツアーを行う。 TOKYO 1/22(THU)@APIA40 7 OPEN 18:30 / START 19:20 ¥1500 8 OPEN 18:30 / START 19:20 ¥1500 12 昼の部 OPEN 13:00 / START 13:30 ADV ¥3000 / DOOR ¥3500 13 OPEN 18:30 / START 19:20 ¥1500 14 OPEN 18:30 / START 19:20 ¥1500 15 OPEN 18:30 / START 19:20 ¥1500 夜の部 OPEN 18:30 / START 19:00 ¥1500 19 OPEN 18:30 / START 19:20 ADV ¥2000 / DOOR ¥2300 20 OPEN 19:00 / START 19:30 ADV ¥2500 / DOOR ¥2800 21 OPEN 18:30 / START 19:20 ¥1500 22 OPEN 18:30 / START 19:20 ¥1500 26 OPEN 18:30 / START 19:20 ¥1500 27 OPEN 18:30 / START 19:20 ¥1500 28 OPEN 18:30 / START 19:20 ¥1500 29 OPEN 18:30 / START 19:20 ¥1500

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2015 9 1.20(TUE) OPEN 18:30 / START 19:20 ADV ¥2000 / DOOR ¥2300 10 昼の部 11 夜の部 OPEN 18:30 / START 19:00 ¥1500 16 OPEN 18:30 / START 19:20 ¥1500 17 昼の部 OPEN 13:30 / START 14:00 ¥1500 18 昼の部 OPEN 13:30 / START 14:00 ¥1500 夜の部 OPEN 18:30 / START 19:00 ¥1500 夜の部 OPEN 18:30 / START 19:00 ADV ¥3000 / DOOR ¥3500 23 OPEN 18:30 / START 19:20 ADV ¥2000 / DOOR ¥2300 24 昼の部 OPEN 13:30 / START 14:00 ¥1500 25 昼の部 OPEN 13:30 / START 14:00 ¥1500 夜の部 OPEN 18:30 / START 19:00 ADV ¥3000 / DOOR ¥3500 夜の部 OPEN 18:30 / START 19:00 ADV ¥3000 / DOOR ¥3500 30 OPEN 18:30 / START 19:20 ¥1500 31 昼の部 OPEN 12:30 / START 13:00 ¥2800 夜の部 OPEN 18:30 / START 19:00 ¥1500

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トワトワト NHVN-003 2,500円 + 税 発売元:守栄芸術支援企画 販売元:nahovn.office 柴田奈穂 と 熊坂路得子 のデュオユニット  NEW 【収録曲】 1.空中散歩(熊坂路得子) 2.Canaro en Paris(Alejandro Scarpino & Juan Caldarella)  3.Vient(柴田奈穂) 4.Viaje de Bodas(Astor Piazzolla) 5.Libertango(Astor Piazzolla)  6.麗しのミュゼット(熊坂路得子)  7.夢のあとさき(柴田奈穂)  8.カケラ Ch re moi qui n’avais que 29ans(熊坂路得子) 9.Milonga de mis Amores(Pedro Laurenz) 10.悲しみ(熊坂路得子) 11.小さな空(武満徹) 「トワトワト」 はバイオリン柴田奈穂とアコーディオン熊坂路得子のデュオユニット。 2013 年結成。 二人のオリジナルを中心にアルゼンチンタンゴ、 ミュゼットなどのカバーを交えて 各地でライブ活動を展開中。 「トワトワ」 は、 アイヌ語で 「キツネの足音」 という意味。 2014 年 12 月アルバム 「トワトワト」 をリリース。 二人のオリジナルを中心にタンゴやミュゼットなども絡めつつ、 収録。 ゲストプレイヤーと してギターの智詠とコントラバスの西村直樹も数曲参加するほか、 柴田奈穂によるストリン グスアレンジが随所に散りばめられた。 柴田奈穂 (バイオリン) http://www.nahovn.com/ 6歳よりバイオリンを始める。 これまで、 仙崎明子氏、 フェルナンド・スアレス・パス氏、 中西俊博氏に師事。 アストル・ピアソ ラの音楽に出会いアルゼンチンタンゴに傾倒、 2006 年単身アルゼンチンに渡りブエノスアイレストップミュージシャンたち とファーストソロアルバム 「ブエノスアイレスの冬」 を現地レコーディング。 現在 「LAST TANGO」 主宰。 2013 年 1st アルバム 「LAST TANGO」 をリリース。 「LAST TANGO」 「NaoNaho」 をはじめ、 全国各地サポートを含むさまざまなライブ、 レコーディ ング、 海外公演などでも精力的に活躍中。 熊坂路得子 (アコーディオン) http://accotomana.miraiserver.com/ 浦和市生まれ。 6歳よりピアノを始め、 18 歳でアコーディオンと出会う。 現在、 ソロ、 バンド活動、 サポート演奏など、 都内を中心として精神的に演奏活動を続けている。 2009 年、 渡仏、 及びパリの音楽 祭に参加し、 好評を博した。 2010 年、 ロックバンド 「GLAY」 のアルバムに参加。 「埼玉の音楽家 100 人」 に選出。 (2007 年、 人物新 報社発行) 2011 年、 及び 2013 年には、 横浜赤レンガ倉庫にて開催されたアコーディオン奏者・coba 主催の 「Bellows Lovers Night」 に出演。 2004 年 3 月女子美術大学短期大学部を卒業。

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APIA のステージに立ったとき、 両側の 壁に海の生き物みたいなのがみえて、 セ イレーンかな、 とか思いながら、 うたう 前の息をすう、 と吸う、 その瞬間が私は 好きです。 水の中にいくみたいな感じ がする。 泳ぐ前、 ちゃぽんと水にもぐる とき、 すう、 と息を吸う、 そのときみたい で。 私は、 アコーディオンを弾いてうたをう たう人なので、 アコーディオンにも息を 吸わせます。 呼吸をあわせて、 すう、 と 吸って、 一緒にちゃぽん、 ともぐるので す。 その瞬間が、 とても好き。 そんなことを考えていたら、 夢をみまし た。 ライブ前、 私は地下のハコへ続く階段の 上に立っているのだけれど、 見ると、 階 段には水が溜まっていて、 足元までちゃ ぷちゃぷと寄せています。 壁に貼られ たフライヤーのうしろから、 ネオンカ ラーの魚がすい、 と泳ぎでて、 水面に 8 の字を描きます。 はじめはのんきに、 きれいだな、 なんて 思ってみていたのだけれど、 はっと、 今 何時だろう?このままでは中に入れな い、 と気付くのです。 楽器を持っては水 に入れない、 どうしよう、 と。 そうして、 階段に腰をかけて途方に暮れ ていると、 リハがはじまったのか、 水の Rinn 中からどん、 どん、 と、 音がきこえてきて、 足元の水がちゃぷちゃぷ揺れて、 響くの で、 なにやらいっぷう変わった音楽のよ うで、 これは気持ちいいなぁ、 とか思い ながら引き続き途方に暮れていました、 と。 そんな夢。 それは夢の話で、 ほんとうには水はない から、 私は今日も地下へと続く階段を、 ことんことんと降りていって、 うたいま す。 で、 そこには水はないけれど、 やっ ぱり、 なんだか、 水の中みたいだなぁ、 っ て思いながらうたっています。 そんな 感じ。 いつか APIA でお会いしましょう。 水の中にてちゃぷちゃぷと、 お待ちして います。

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西村勇紀 『BrightLight』 2015 年 1 月末日発売! ペルメージレコード PMF-154 ¥1,500+ 税 2nd アルバム 皆様こんにちは、 西村勇紀です。 この度、 僕の新譜を発売できる日がやって来ました。 「BrightLight」 と言う 2nd アルバムです。 楽しみに待っていて下さった方には、 「お待たせしまし た!待たせといてなんですが、 早く聴いてください。 」 と言 う気持ちと、 初めましての方には 「こういう者です。 」 と、 名 刺代わりに渡しても差し障りないと言うか、 ざっくり言う と誰彼かまわず自慢して回りたい作品が完成しました。 ようやく一息ついて周りを見る余裕ができた最近、 そこで 見えた景色が今回のアルバムの表紙には写っています。 都 会の街並み。 そこは今の僕が暮らしている街です。 色んな人が居て、 色んな物があって、 色んな出来事が起 こっていて、 自分の事に必死過ぎて見えていなかったそれ らのモノは、 落ち着いて静観してみれば、 一つ一つが美し い宝石の様な 「人の生活」 でした。 「僕の音楽が誰かの為になる。 」 とは思っていないけれど、 例えば僕の音楽を持ち帰ってくれた人がディスクを挿入 気が付けば、 1st アルバム 「Clap Your Hands」 を製作してか ら 2 年 と 少 し、 も っ と 遡 る な ら ば 1st ミ ニ ア ル バ ム の 「SHORT FILMS」 を発売してからおよそ 3 年半が経過して いました。 「この 3 年半の間に ...」 と語れる程、 たいそうな事はしてな かったつもりだったんだけど、 こうして新しいアルバムを 作ってみると自分が日々をどう過ごしてきたのか、 改めて 自分の過ごした日々を辿っているような気がして、 だから 何曲も入った音源作品を 「アルバム」 と言うのでしょうか。 よく知らないけれど。 した CD コンポの再生ボタンを押した時、 その時に光るモ ニターの明かりが少しだけその場を照らせばいい。 それはとても嬉しいなぁって思います。 年々ありがたい事に色んなところに歌いに行ける機会が 増えて、 各地に友達ができたり、 馴染みの店が増えたり、 少 しずつだけだけどギャラが増えたり ( ちょっと自慢です )、 目的地はまだまだ高いところにあるけれど、 慣れない都会 暮らしを始めて、 産まれたての子鹿ほどに体を震わせてラ イブをしていたあの頃に比べると随分長い距離、 坂道を 登ってきたんだなあと思います。

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「爆破すべきは国会議事堂ではなく美術館だ」 とボブ・ディランが言った。 「オレは政治家なんて殺さない。 芸術家を殺す !」 と言ったのは、 上京してき  ボクは初めてケンタッキーフライドチキンを食べた。 今年の 4 月、 大阪・万国博覧会へ行った時の事である。 日本で初めてケンタッキーの実験店が出店していたの であった。 会場の中は凄まじい混雑ぶりで、 ケンタッ キーの前は一際長い行列が出来ていた。  どれほど並んだ事だろうか、 やっと口にする事が出来 たフライドチキンはボクが子供の頃から食べてきたい わゆる唐揚げとは全く違うものであった。 鶏肉の歯触り と旨み、 なにより独特のハーブ塩が効いていて夢中に食 べてしまった。  これはやみつきになりそうだ !! 来年はハンバーグを サンドウィッチにしたマクドナルドというパン屋さん  ケンタッキーを作ったのはアメリカのカーネルサン ダースという人で、 機関車の車掌や修理工やボイラーマ ケンタッキー州で始めたガソリンスタンド、 その横に設 けたたった 6 席のレストランが、 フライドチキンの発祥 の地であるという。 彼が母から教わったアメリカ南部の 家庭料理を、 試行錯誤し、 イレブンハーブのスパイスと 高温圧力調理法で苦心の末に作り上げたオリジナルの フライドチキン。 たちまち地元で人気商品となり、 やが て世界へフランチャイズ形式で広がるきっかけとなっ たのだった。 カーネルサンダース 65 歳の事だという。 ア メリカらしい波瀾万丈な人生の再スタートではないか。  それにしても今のアメリカは見渡す限り混沌だ。 それでも地下鉄は定刻に来るし、 郵便配達は何事も無 かったかのようになされている。  ベトナム戦争は泥沼化して戦死者も米軍だけでも 4 万人を越したという。 若者の間ではラブとヘンタイと幻 覚と恍惚革命が入り乱れている。 先日もカルト的教団の 信者が 900 人も集団自殺する事件があった。 どうしたら 900 人もの人をマインドコントロールできるんだ。 狂気 と祈りは紙一重という事か。 これからの 70 年代はマイ ンドゲームズの時代となるのか !?  ドロップアウトしていたヒッピーの一部は、 ジェリー ルービン、 アビーホフマンらを旗手として 「イッピー」 を結成したという。 その著 「DO IT」 は毛語録のように若 者 達 の バ イ ブ ル と な り 日 本 に も 伝 わ っ て き た。 DO IT ! そうかカッコいーなと思ったが、 何なんだ、 彼らの このメッセージ !!  「ヤクを飲め !! 交通標識を無視しろ !! 親の金を盗め !! 」 日本では理解しがたい 「DO IT」 であった。  政治・文化の場に次々とメッセージが打ち出され、 国 旗が焼かれ、 有名大学から高校生までが扇動された。 政 治的に行動するヒッピーの登場だ。 ドロップアウトから ドロップインへと、 つまり体制内変革ということなの  寺山修司の 「書を捨てよ町へ出よう」 はなんともおと なしいオルグと見えてくる。 じつけている。  僕等は充分幻覚剤に酔ったから、 問題を論理的に見ら れるようになったのさ。 これは若者 Youth の革命だ。 で はまず 「Y」 だ。 しかもこれは国際的 International な革命だ ! では次に 「I」 。 目的はみんなが意味があって面白くて喜びを見いだせ る生活ができること、 つまり Party だ。 それで 「P」 ま と め る と 若 者 の 国 際 パ ー テ ィ ー、 Yoth International Party、 、 、 、 YIPpie、イッピーだってさ !!  50 年代から反体制文化の先頭を切ってきた吟遊詩人 の ア レ ン ギ ン ズ バ ー グ で さ え、 フリーキャバレーの Party でカツラをかぶり女装して登場、 その 「ゲイ化」 ぶ りした写真には驚かされた。  アメリカ、 何処へ行くのだ、  アメリカ、 何が起きているのだ。  ニューヨークにはボクの好きな美術家達が移り住ん でいた。 アメリカは歴史のない国なので、 伝統的なもの より前衛にお金を出した。 逆にヨーロッパ、 特にパリは 伝統的なものに国民的理解が深かった。 日本の状況に挫 折した芸術家たちはニューヨークへパリへ、 それぞれの が日本に出店するらしい。 これもきっと大ヒットだろう。 か? の中で、 彼らはイッピーの意味を次のようにこ ンやフェリーボートや 40 数種類もの職を転々とした末、 「DO IT」

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APIA40 マスター た 19 歳の三上寛だった。 折した芸術家たちはニューヨークへパリへ、 それぞれの 道を求めて飛び立っていった。  荒川修作、 草間弥生、 イサム・ノグチ、 そしてモヒカン 狩りで有名な篠原有司男も。  荒川修作はソーホーの郊外でボブ・ディランと同居 しているらしい。 ディランは荒川が自分の事を認めてく れないので 「俺って、 結構有名なミュージシャンなんだ けど」 と自分の全レコードを差し出した。 ところが荒川 「音楽なんてクソだ !」 と投げ捨てたというエピソードを 聞いて笑った。 ロンドンへいったオノ・ヨーコがジョン レノンと結婚してビートルズを解散させるきっかけと なったり、 今の美術は一番先鋭的だなぁ、 あと舞踏も。  そんなアメリカからやってきたケンタッキーフライ ドチキン、 何かやみつきにさせる、 日本の若者を洗脳す る合法的な麻薬のようなものが入っているのではない か? 企業秘密を盾に公表されていないがハーブというのは どうも妖しいぞ、 、 、 そんな根も葉もない噂が流れたのも不思議ではない。 あ まりに美味しすぎたから。  やみつきになるのは日本の即席ラーメンだって同じ 事だった。 確かに止められなくなる、 ラーメンばかり食 べてると身体を壊す。 中毒を起こす麻薬のようなものが 入っているのだ。 と囁かれた。 ラーメンを作っている食 品会社の重役達はその家族に自社のラーメンは絶対食 べないように言っているとの噂も流れていた。 いまさらそんな事を言われたってボクらは戦後、 日清食 品のチキンラーメンかエースコックのエースラーメン で育ってきた。 やみつきになる前に、 空腹をイヤした かったのさ。  懺悔するとボクの最近のお気に入りは、 サンヨー食品 のサッポロ一番・味噌ラーメンだ。 日清の出前一丁も 時々、 、 、  実はもうすぐカップに入った即席麺が登場するらし い。 なんとお湯を注ぐだけで 3 分待てばよい、 鍋もどん ぶり も 必 要 な い。 こ れ は ケ ン タッキーより画期的だ ぜ !!  伊東哲男  2 年前に世界で初めて発売されたレトルトカレー、 そ う大塚のボンカレーもたまにはいける。 ボクの子供の頃は粉末タイプのオリエンタルカレーや 石鹸と間違えそうな固形のキンケイミルクカレーが主 だった。 そうだヱスビーの最中カレーなんてのもあった な、 、 、 最中の中に粉末タイプのカレールーが入っていて、 最中ごと鍋に入れて溶かすというものだった。  これが日本の現実。 世紀末という鍋にポンと入れて溶 けていった若い希望たち。  バリケードの中は即席ラーメンとボンカレー。 ドラッ グはあまり目に付かない。  これでは男たち、 萎えていくのも無理ないか。  バリケードの中から、 すでに堅個さを失ってしまった 日常生活へと戻っていく後ろ姿が目立った。  マスコミは調子に乗ってボクらの世代を無気力、 無関 心、 無責任の三無主義だと冷やかしたが、 確かにしらけ て、 萎えているのは事実だが、 挫折した人間に酷い仕打 ちだとボクは思った。 まして無感動まで加えて四無主義 とは許せない思いだ。  男たちが萎えて行くのとは反対に、 女たちは元気いっ ぱいだった。 ウーマン・リブにノーブラ旋風、 スケスケ ルックと自分たちを締め付けていた古い封建的なもの を脱ぎ捨て生き生きと輝いていった。 驚くほど若い女た ちは大胆になっていった。 野外のロックフェスでもトッ プレスで踊る女の子が増えていた。 女の子のほうがアメ リカ的に近づいていた。    政治から文化へ季節が移っていく実感があった。 爆破すべきは国会議事堂ではなく美術館だ。 と言ったの はボブ・ディラン。 まさか荒川修作への当てつけ?  昨年末からそれを象徴するかのような事件が続いた。 日宣美粉砕共闘が審査会に乱入、 中止となる。 あちこちで造反が巻き起こる中、 ついに草月フイルム アートフェスティバル 1969 東京まで。 開催当日に造反 グループが乱入、 中止となる。 草月アートセンターは 60

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年代日本の前衛的な芸術・文化を様々なジャンルで幅 広く牽引してきたのに残念であった。  なぜ作品を序列化したり、 商業主義と癒着するような 批判を浴びたのか、 ボクはその場に居合わせなかったの で未だに不明だが、 、 、  60 年代は政治家に対する闘いだったけど、 これから は芸術にたいする闘いじゃないか。 それを暗示するように美術館にゴミが持ち込まれたり した。  その一年後にハイロが無審査でスタートしたのも無 関係ではない。 審査しないということは、 見る者 ( 観客 ) に審査をゆだねるということ。 と同時に、 出す側 ( 作者 ) に責任をゆだねるという事でもある。 観客は審査をゆだ ねられたのだから、 つまらなければ 「つまらん」 と面白 作者は出した以上、 それに責任をもって答える義務があ る。 上演後のトークタイムの意味はそういうことなのだ とボクは理解している。    田舎から上京してきた三上寛を、 田原惣一朗がドキュ メンタリーにしたテレビを見た。 その中で 19 歳の三上 寛は 「オレは政治家なんて殺さない。 芸術家を殺す !」 と。  文壇とか画壇とか家元制度とか、 かなり偉そうに君臨 している。 出版社や画商などと結びつき、 審査の基準も 売れるものが中心だ。 訓練されたプロフェショナルな人 間しか芸術の世界に入れなかった。 そこを壊していかな いと先に進めない気がしたのだろう、 躰ひとつで上京し てきた三上寛には。 爆破すべき美術館と、 そうするべき ではない美術館とがこの時あったのだ。 「ニューヨーク では、 ライブハウスというとストリップ小屋のことだっ てさ」 と三上寛。 それは、 知らなかった、 、 、 実はボクらの デザイン会社の名前の由来は 「DO IT す る LIVE HOUSE」 から、 「DO-HOUSE」 って名付けたんだけど、 、 、 意味が違ってくるじゃん !! ま、 いいかストリップも、 古い服を脱ぎ捨てて、 裸で新し い世界に飛び込んで行こう !!  ボクが初めてボブディランの歌を聴いたのは高校生 の時である。 親友の文学青年だった M が 「伊東、 これ聴 いてみろよ、 凄いぜ !!」 とボクに EP 盤を持ってきた。 そ れを聴いて正直、 驚いた。 とてもプロの歌手とは思えな かったからだ。 声は地声でだみ声だしギターのテクも特 別のものでないし、 ただストレートにメッセージをぶつ けてくるだけだ。  逆に言えば、 それでもいいんだと、 これならオレでも 出来そうだと、 ボクを始め多くの若者たちがそう思った のである。 そして自分のメッセージを歌い出したのであ る。  手のひらにのるだけの夢と希望と愛と挫折を歌にし て、 北へ、 北へと。  60 年代に台頭してきたアンダーグラウンド映画もそ うだ。 個人映画といってもよく絵を描くように純粋に美 を追究し映画を作る。 きわめて個人的な至福の為に。 だ から 100 人いたら 100 通りの映画が生まれる。 何か特定 のスタイルや方法論があるわけではない。 むしろそんな ものを壊してしまうものなのだ。 光についてだけの映画 もあれば、 動きだけを追求したものもある。 人生につい てのものもあれば、 政治についてのものもある。 3 分の もあれば長時間のもある。 アンダーグラウンド映画は ジャンルではなく、 そのようなものたちの仮称である。 ンデント映画とも名乗るのも自由だ。  莫大な資金とスタッフと機材とスターたちで作り上 げるプロフェッショナルな商業映画に対して、 8 ㎜や 16 ㎜で作る個人映画が可能となったのは機材の進歩が大 きい。 カメラのコストが安くなり、 高感度フィルムが登 場して大規模な照明設備がなくても撮影できるように なったからだ。 フィルムの感度はどんどん上がっていく、 次は僕らの想像力の感度を上げることだった。  このような映画表現を遡れば 1920 年代になるのだろ う。 ボクはよく京橋にある近代美術館のフィルムセン ターで古い映画の上映を見た。 クレールやレイ、 ブニュ エル / ダリの 「アンダルシアの犬」 とかダダイズムの映 画とか、 それらはアンダーグラウンド映画の原点かもし れない。  映画館の闇に、 力強く激しい映像を求めて、 ボクは餓 えた思いで通った。 映画を見て人生を学んできたと言っ ても過言ではない。 スクリーンの向ううとこちら側の間 で現実が溶け混じり合い遮断してくれた。  1970 年 12 月 20 日、 まだ返還前の沖縄本土においてコ ザ暴動が勃発。 酒気帯び米軍人の交通事故が引き金にな り、 それまでの米軍支配に対する鬱屈した感情が爆発し たのだった。  スクリーンに映し出された沖縄の現実は、 「基地付き 返還」 の決定いう、 正路を失い暗き林の中に沖縄を閉じ 込めるものであった。 ケンタッキーと日清チキンラーメ ンの狭間で現実生活者としての沖縄が、 そんな場所に決 して沈殿するまいという積極的な拒否の意思の表れで あった。  政治の季節は終わってはいない。 イッピーたちの教条 のように 「DO YOUR OWN THING」 ( オマエの好きな事 をやれ ) それが出来ることが主権なのだ。 実験映画とも、 インディペ ければ 「面白い」 と、 疑問があれば質問をする権利がある。 アヴァンギャルド映画とも、

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CDは飲み物です CD の所有枚数は 2000 枚を超える CD ジャンキーのマーブル後藤 (a.k.a. ごとうはるか / アピア 40 スタッ フ / ホーミータイツ ) が、 mp3 全盛のこの時代にさすがに整頓するかとちょこちょこ処分を始めた折、 こ れだけは手放すまい!と決めたマイ・ゴールド・ディスクを誰からも要望がないので自らご紹介。 ▼ “ジャケ買い” と呼ばれる貴族の遊びをご存 知だろうか。 あんぐら機関紙 『あたふた』 を 手に取り、 このコラムなんぞにまで目を通し てくださるよう な方はよほどの好事家で しょうから、 この遊びの名前くらいは聞いた ことがあるでしょう。 その名の通り、 CD、 レ コード、 その他音楽作品を、 内容であるその “音” とは無関係にジャケットの印象のみで 選択し購入する、 といった行為のことを指し ます。 ワタクシのような貧乏人には身の丈に 合わない遊びなのではありますが、 日々 CD らせる衝動が、 俺の裡で鳴り止まないのでご ざいます。 それは同時に、 まだ誰も知らない 名盤、 を、 知ってる俺、 を、 買いに行く、 という ことに他ならないのでございます。 このなん と も い え な い ジ ャ ケ ッ ト が 魅 力 的 な The Trashmen 『Surfin' Bird』 も、 こんなイモくさ いジャケットのアルバムなんて誰も知らな いだろ!と思って買ってみたところ大アタ リ、 これはいい買い物をしたぜ!と悦に入っ ていたところ、 表題曲 「Surfin' Bird」 がテレビ から聴こえてくるではありませんか。 それは を買い漁っておりますと、 御多分に洩れず、 な ん と SM○P 出 演 の Soft○ank の CM !メ まったく知らないアーティストの作品でも、 ジャーもメジャー!手にしたはずの “まだ誰 どうにもジャケットに魅了されて購入に至 るケースがございます。 当然ながらその内容 にはアタリ・ハズレがあるわけでございま すが、 アタリの作品を引き当てた際、 いざ調 べてみると、 自分が知らないだけで世間的に は有名な作品だったり ( ガックシ! ) するこ とも多いのでございます。 未知なる宝物を求 めてレコード店に通う日々に、 スリルと潤い を与えてくれる、 そんな “ジャケ買い” に走 も知らない名盤を知っている俺” は儚い幻、 夢一夜にして脆くも崩れ去った砂上の楼閣 だったのであります ( それ以前から、 多くの 有名アーティストにカバーされ、 映画等で 度々使用された、 とても有名な楽曲なのであ りました )。 しかし、 どこか誇らしげな彼らの 笑顔を湛えたそのジャケットは、 今日もこち らに微笑みかけてくれるのでありました。 こ れは手放すわけにはいきません。

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